2010年1月アーカイブ

2010年1月31日

ペルー

先日のマチュピチュ水害といい、今度はバスが谷底へ転落する事故が起きている。なんだか不穏だなあ。


ペルーには二年前に行った事があるのだが、とてもいい国だ。生の魚を喰うという暴挙をしたおかげでお腹がぶっ壊れて大変だったが、それを差し引いてもまた行ってみたい場所の一つ。


マチュピチュ遺跡が水浸しになってるような報道されていたり、ふもとの町クスコに避難なんていう報道があったが、間違えてるのよねえ。


クスコとマチュピチュじゃマチュピチュのほうが高度低いし、ふもとというか全く違う山だ。そもそもマチュピチュ=遺跡というのも間違いで、あの水害にあっている場所こそマチュピチュ村で遺跡のふもとだ。あそこからいろんな国の人たちがバスに乗ったり、歩いて登っていくと遺跡がある。古代人なめんなって感じの場所だ。


遺跡の入り口にもホテルが1軒あるが、大半はふもとの町で過ごしている。ちなみに露天温泉なんかもあって、そこは多国籍な感じで多種多様な人たちがだらりとお風呂に入ってる。ただ、温度がめちゃんこぬるいので日本人のあっついお風呂に慣れてる人からすればただの温水プール。まあ、水着着てるしね。


ちなみに、あたしは一人でぷかぷか遊んでたら見知らぬおばはんに
「あの子、日本人ちゃう?」
「うちらのツアーちゃうなあ」
「でも日本人ぽいでえ」
「声かけてみたらいいやん」

なんていう関西弁丸出しでこそこそでかい声で話してやがるから、

「日本人やで!でも、あんまりじろじろ見たらお金とるで!」

って言ったらけらけらウケた。これが大阪人の性なのかもしれない。。。。。おばちゃんに笑いを提供してもしょうがないのだが、おばちゃんは世界の裏側でもやっぱりおばちゃんなのだ。


それはともかく、クスコはインカ帝国の首都だった町で、飛行機もここに到着するし、マチュピチュにはここから電車で行ける。別の山だし、かなり時間かかるのだ。あれをふもとというのは大きな間違い。あそこは山の上だ。弱い人だと着いた瞬間高山病になるほど山の上だ。


マチュピチュ村のちょっとした温泉街や、広場が水浸しになっている様子をテレビで見たらなんだか大丈夫なのかなあと思うが、ペルー人は日本人に似てるからなんとなく大丈夫な気がしてしょうがない。

2010年1月30日

どこやねーん!

仕事で作成しているワードプレス。いわゆるブログなんだけど、アメーバとかのような日記として使うものではなく、同じようなシステムを使って企業向けのサイトを作ったりする。

まあ、できることはたくさんあるし、説明するのは面倒なのでここではがさっと省く。

日本語でサポートがあるものもたくさんあるのだけれど、実用的なものや新しいものとなると海外モノの方が圧倒的にボリュームがある。

で、英語なんてハローとかステキジェスチャーまじえたレベルでペラペラなんだけども、文字で書かれているものとなるとなかなか理解できない。英語翻訳みたいなのはあるけど、それをもってしてもトンチンカンな訳し方だったりして的を得ない。

さっきからとあるファイルを修正したいのに、その箇所が判らないで困っているというわけ。おそらくここじゃろうって思うのに、中を見たら空っぽだったり・・・。海賊の宝箱やないんやから。


ったく、もう少し判りやすい説明してほしいよ。英語上達しちゃうじゃんか。

ほんとうの儲けはどっち?

「馬」と「豚」のうち、どちらを育てた方が儲かるでしょうか?

「馬」・・・子馬の仕入れ値  5万円
      ひと月の飼育代  3千円
      飼育期間     2年
      売上額     25万円

「豚」・・・子豚の仕入れ値  1万円
      ひと月の資料代  1千円
      飼育期間     1年
      売上額      4万円


普通に考えれば「馬」が有利。

「馬」の粗利 25万円−(5万円+3千円×24ヶ月)=12万8千円
「豚」の粗利  4万円−(1万円+1千円×12ヶ月)= 1万8千円

「馬」は「豚」よりも桁違いに儲ける。

ところが、上記の考え方には「時間軸」が入っていない。そこで、「時間軸」を組み入れて考えてみる。

子馬1頭を仕入れる値段で子豚は5頭買える。子馬から大人の馬に育てるまでに2年かかるが、豚は1年なので2年もあれば2回育てることができる。

つまり、

「馬」並みの規模で飼育しようと思うのなら、豚は10倍(5頭×2年)飼えることができる。


そうなると最初のパッとした感じとはすっかり異なってくる事が判る。


「豚」の粗利は1万8千円×10倍で18万円となり「馬」の12万8千円よりも5万2千円儲けることになる。


つまり、倉庫に長く寝かせてロット数を大きくしても、それだけ時間をかけることになるから、一概にロット数を大きくすればよいというわけではなくなるわけである。


2010年1月27日

口に出してみる

口に出してみるといっても、下ネタじゃない。



犬も歩けば棒に当たるには二つの意味が有るってテレビで言ってた。

棒ってのは、いい意味にも悪い意味にも捉えられるのだそうだ。要するに、受け取る側がポジティブであれば、前向きな理解をすることができるが、受け取る側がネガティブだったら、後ろ向きにしか受け入れられなくなってしまうってことだろう。。

さて、ぼくはどちらだろう。

気分によって違うっていうのは都合の良い考え方かもしれないけれど、ずっとネガティブでもずっとポジティブでもないのが人間だからこそその入ってくるタイミングっていうのが重要なんじゃねえかと思う。


つまりは、運だ。




さて、この運だが、運ってのは、心の奥底で思っていてもちっとも開かれない。開いてほしいなら口にするほうが実現する可能性だって開けてくる。例えば、心の奥で痩せたいなあって思っていても口にしてなければ痩せる意思がないものだと思われてしまう。嫁が欲しいなあと心の奥で思っていても、気づいてもらえないし、その人の身体から嫁欲しいオーラなんて出てこないのだからやっぱり口に出した方がいい。


ということは、

お金を稼ぎたいのなら、お金稼ぎたいと言えばいいし、
有名になりたいのなら、有名になりたいと言えばいい。



さあさあ、これが厄介。お金を稼ぐというのは目的になっちゃいけない。有名になりたいというのも目的になっちゃいけない。どちらも何かを為すべきために必要であったりするからである。お金があれば何が出来るのか、有名になればどういう事が成せるのか、そこが一番大事な事なのである。


お金を稼ぎたいと言ってお金持ちになった人は残念ながら見た事が無い。有名になりたいといって、有名になった人もまた見た事が無い。順番が逆なのだ。


言葉として口に出す事は重要だけれど、その言葉の内容によって周りの人が動く事、動いて行く事、巻き込まれて行く事、巻き込んで行く流れが生まれるのである。

2010年1月26日

ご主人っ!

今日は在宅で仕事をしているのだが、家にいると意外と騒がしいことに気づかされる。


一本の電話。

仕事に関係する営業電話なんだが、ヒトコトフタコト喋っただけであっさりと引き下がった。あのねえ、営業電話掛けてくる根性あるんならもっと自分ところの魅力を伝えるなり、愛嬌ふりまいて会社名なり個人名なりを覚えてもらうようにすりゃいいのに。

僕が外注で依頼しているところがあるならそこのを乗り換えてもらおうって思ってるくらいじゃ駄目。あいにくほとんど内部でやってるけれど、それを外部に委託してもお得やん!って思わせるほどの営業してほしいものだ。



一人の来客。

ものすっごいでかいホクロをほっぺたにくっつけたお兄さんがやってきた。金銀プラチナの買い取りをお店に行くのは近所の目があるからっていうので直接訪問で聞いて廻ってるらしい。確かにこの辺りの住宅事情からすればご近所さんの目があるからなかなか売りにいくのはお金に困ってる風で厭だという人も多い。

僕はシルバーアクセのネットショップやら、かつては宝石屋さんの仕事をしていたから、不要なもんは売れば良いって思うけど、近所の目を考えるとこういう悩みが多いのもすごい判る。良いところに目をつけた感じがする。

ただ、ものすごいきになったのは、彼のホクロであり、僕への呼びかけ方。

「ご主人!」

もちろんご夫人でもないが、あたしゃご主人でもない。そもそもこんなにロンゲがぼさぼさにのびてこの時間に引きこもってる人間捉まえてご主人もないだろうに。まあ確かに中にはそういう風貌の人もいるだろうけれど、それならそれでぱっと見た時に瞬時に判断して言い方をアレンジするくらいのほうがいい。


・・・・そうか、オイラはご主人に見られるのか。嫁はずっとおらんのに。



どいつもこいつも営業がヘタクソすぎる。

近所のスーパーの必殺技

うちの近所でも、やはり大型スーパーなどの進出によって小さい地元のスーパーやら商店街なんてのは結構な売り上げ減を強いられているような気がする。

ただ、やはり使い勝手がいいのは小さくても近くて地元のスーパーのほうがいい。それに大型スーパーよりも割と値段も安かったりする。

一人暮らしをするまでは値段の基準点がわからなくて、キャベツにしても納豆にしてもいくらなら高い、いくらならお買い得っていうのがさっぱり知らないままだった。ついでに恥ずかしい話だが、カップラーメンも実家なら買い置きしてあるものを食べたりするけれど、実際に売られている値段なんて知らなかった。

いちおうそれなりに一人暮らしも長くなってきたのである程度の商品価格帯を理解できるようになったのだが、やはりこういう観念っていうのは必要だと思う。まあ、今の世の中なんでもネットで買おうとする人もいるくらいだし、ネットだと検索でもすりゃ一番安いの発見できたりする。それを否定はしないけれど、偏りが出来てしまう可能性がきわめて強い気がしてしまう。

ちなみに、うちの近所のスーパーのこの季節での相場でいうと
納豆3個パックが通常88円くらい、で78円とか68円の時がある。
キャベツはスーパーだと198円くらいだが、商店街で買うと90円とかだったりする。
ちなみにカップラーメンなんかは価格幅が広いので目安にしにくいがPB製品とかの方が安いのでスーパーではあんまり買わない。スーパーでもたまにびっくりするほど安い時があるが。。。

スーパーでたまにお肉の特売とかあるが、これがかなり眉唾物。

たとえばだが、通常100グラムで100円だとすると、
特売しているときに限って、100グラムが190円とか200円だったりする。

結局購入金額でいうと、普段と変わらないのである。だけど、半額って値札に書かれていればそれだけで客は喜んで買うのである。財布から出て行く金額なんてほとんど変わらないのに、半額セールとして売るだけで売れてしまう。デフレの影響なのかもしれないが、うちのスーパーの毎週火曜日はいつもこんな感じだ。で、安くないやんって思ってしまうのである。

値段のはっきりしていない部分ではあるけれど、こういう言葉の魅力は意外と侮れない。気づいてそうで気づきにくい部分なのかもしれない。

商売をしている方のなにかの役に立てば幸いである。


春眠

基本的に夜型人間なのだろう。お昼に起きているよりも、夜中に起きている方がラクなのだ。中学〜高校にかけて深夜ラジオの楽しさにのめりこみ、毎日明け方まで起きていて、翌朝ねぼけながら遅刻して学校に行くこと6年間。すっかりここで夜型がしみ込んでしまったような気がする。

しみついた習慣はタバコの中毒とも同じだが、なかなか治るもんじゃない。治したいと思っていても非常に困難で、自分の精神力の弱さが出てきてしまう。何かにつけて理由をつけて吸いたくなるものだ。

とまあ、タバコの話はこのくらいにしておいて、睡眠である。

春眠、暁を覚えずとは良く言うが、確かにポカポカしていると眠くなる。いや、正確に言うと眠いままである。布団から出られず、ダラダラしているうちにまたほのかに襲いかかってくる睡魔。それに誘われるままにまた眠ってしまう。非常にグウタラなのだが、心地いいからしょうがない。

おそらくタバコと同じで精神力の弱さなのだろうかと思う。自分が布団から出て太陽の下に行く事をしょうもない理由をもって拒否しているのだ。

出て行けば出て行ったでいろんなことができるようになるのだが、そんなことは布団の中の小さな世界ではちっとも気にならない。

こうして朝眠いことを考えてみるのだが、酔っぱらいが平常時に酔っぱらい運転しないとか、もうお酒の量減らすとかっていうのと大して変わらないくらい説得力がないものであることを知っている。

やっぱり早く寝てしまうにこしたことないのだ。

2010年1月25日

新しいテトリス

酔うテトリス

http://firstpersontetris.com/

知人と友人

誰でも彼でも友人だの友達だのと言うのをやめてから長い。どうにも友達の友達は胡散臭いし、友人の知り合いとかになってくるとほぼまったく知らない人で有り、架空の人である。


中学から知り合いで、高校も同じ、大学こそ違うけれど未だによく連絡を取り合う人間がいる。彼は僕の事を友達だと思っているようだが、僕は彼の事を友人ではなく知人だと思っている。


別に友達と言ってもかまわないのだけれど、同じだけの年月を生きてきても、彼の言葉には何も説得力がなく、何も響くものが無い。要するにペランペランなのである。


うんちくをいくら垂れようが、知的な事を言おうが、その言い方、伝え方、表現の仕方、あらゆる部分で未熟なのである。未熟すぎるし、輪をかけて面白くない。


で、とある過程から推測してみた。


彼は学生時代、割りといじめられる側だった。無駄に脳を使う人間は言い訳が多い。言い訳を考えてから行動していくのである。そして、哀しいことに頭がいいと思われたいのである。そうするとだんだん普通の人たちが使わないような言葉を発するようになる。自分のただしさを正当化させるには必要かもしれないが、必ずしもそういうのが通用するとは限らない。


例えば、
「噛む」という言葉を言うのも、いちいち「咀嚼(そしゃく)」と言ったり、
「のみこむ」というだけなのに、わざわざ「嚥下力(えんげりょく)」と言ったりする。


あ、この男、よく食べるのでそういう口周りの事が出てきたが、いろんな場面でこういう感じである。いちいち面倒くさいのである。


で、こういう言い方しかできない人間は総じて仕事ができない。彼にしても頭いい、仕事できそうって思われたいのだろうが、いままで一度も言った事ない。できると思ってないのに言えない。


そんな知人だが、いま一生懸命結婚活動をしている。


話を聞いているだけだが、彼の欠点を僕は指摘していない。彼は自分の持病や、相手に問題があるだけで、自分自身は何も問題ないと認識しているようなのである。非常に残念だが、そうじゃないことをもう少ししてから言ってやろうかなと思っている。


ま、言って治るならとっとと言ってるけどね。

同窓会

高校の理科部という何をしている部活だか判らんクラブの同窓会がこの日曜日に開催された。僕は理系だけれど、理科部じゃない。物理だ化学だと授業についていくのも大変なのに、部活までそんな学ばなければならないのは無理。


で、そんな理科部でもない僕が直前に同窓会をするっていうのを聞いたので無理矢理参加してきた。とはいえうちの高校は男子2クラスしか無いので80人くらいだったと思う。ということは限られた部活とはいえ、そこにいる男子なんてたいてい友達だったりするものだ。


ちなみに女子は男子2クラスに対して8クラスくらいあったうえに、ほとんど会話することもなかった暗黒の学生時代なので、誰が来ようと知らん人である。見た事あるっていうレベルでもなく、ほとんど初対面に近い。


梅田で集合したのだが、男子は全員顔見たら誰だかわかるくらいあんまり変わってない。確かに体型はおっさん体型になっている人がいたり、逆に眉毛が細くなって今更チャラチャラした感じに変わった奴もいたりする。ただ、勉強できそうなやつは30代中盤になってもやっぱり勉強できそうな感じなのね。そういう彼らは職業も博士だったりして金は稼げないけど未来のこと、地球の事、僕のような人間が考えもしないようなことを考えている人たちだ。


同級生といっても、当時はそれほど絡み合うこともなく、僕はただただ落ちこぼれだった。物理のテストで脅威の8点とか人生で一番低い点を取ったときもあった。これはさすがに悔しかったので、次の定期テストで90点近く取ってクラスでも相当上位に食い込んだが、ほんと勉強嫌いなのだ。やればできるって判ってるのなら、やらなきゃならんときだけがんばるっていうスタンスが多分このとき生まれた。


うちの学校の男子生徒は他の学校なんかと比べるとおとなしく、まじめな人間ばかりだったが、それでもちょっと外にぶれる人たちも居たわけで、中にはいじめられてた子やら、しょうもないあだ名で呼ばれ続けた生徒やらがいた。僕はいじめる事もしないし、いじめられる事も無かったので、誰も彼も隔たり無く接していたように記憶している。多少美化しているだろうが、割りと中立で、先生とも仲が良かった。しょうもない事をしでかして先生が家に来ることもあったけど、それはまた愛嬌ってことで。。。


ちょっと変わった同窓会だったけれど、久しぶりにであった天才君やらよく出会う知人も含め、ああこういう人たちとはなんだかんだとずっと繋がり続けられそうだなと思う。いい刺激をもらえたのはとても大きい。オイラはオイラでもう少し上を目指さなきゃなあって思う。


ただまあ、欲を言えばどうもうちの周りには医者というより歯医者が多すぎるんで、もう少しいろんな医者だとか弁護士だとか居たらバランスがいいのになあなんて事を思ったりもした。。

2010年1月22日

ツイッター関連

昨日、久しぶりにちょっと大きめの本屋さんにでかけたんですが、コンピュータ関連のところだけに限らずあちこちでツイッター関連の書籍が出てますね。


某人がこう書いてただの、某バカがこう騒いでるだの、某首相がわけわからんだのといろいろと限られた文字数の中でつぶやけるのが特徴で、割りとあちこちでこれは新しいメディアだのなんだのとさわがしい。


なんだか少し前にもセカンドライフが日本版として出たときもそうだが、マスコミが騒ぎ立てるものってのはダメだ。いやダメじゃないのにダメになるっていうほうが正解。マスコミは自分たちが正解だと思ってるのかどうかわからんが、かたより過ぎている。まあ、だいたいヒダリ巻が多いからかもしれんが。


勝手につぶやくのは楽しいし、僕もたまにだけど書いたりする。


だけどそこにビジネス的にはこうあるべきだとか、こうした使い方をすべきだとかやかましい。そんなもんはあちこちの企業がいろいろと考えてアイデアをひねくりだすからビジネスとしてうまく行くのである。


誰がお前の昼ご飯知りたいねん!とかあほらしい情報の間に混ざり込んでくるちょっとした役に立つ情報だったり、その人が考えていることの一部が覗けるというのは本来のピーピングトムとしての人間の性であり、それはやっぱりビジネスとして使うには本でなんぼ書いてあっても古すぎるし、役に立たんのである。



そもそもああいうのは向き不向きがあると思うのだが。。。。流行に踊り踊らされてワケも判らんと毎日書くのも量がたまればクソの役に立つ事もあるんかもしれん。知らんけどな。

スパム掃除

Gmailで普段使いのメールをフィルタリングして受信している。そのまま自分のパソコンで受信するにはウィルスだとか、スパムメールだとか面倒くさいくせにサルの赤子ほども役に立たないメールが多いからである。


ただ、性格上どうしてもこのフィルタリングの能力を完全に信用しきれていない。おそらく自分で不要だと判断しているものでも届くことがあるし、その逆でたまにこれはスパムじゃないやんかっていうやつを余計なお世話で迷惑フォルダに入れてくれることがあるからである。


で、たまにだがGmailの迷惑フォルダに放り込まれたたくさんのメールをざくざくと黙視で確認したりするのだが、目につくのがバイ★アグラ(★は雰囲気的な自主規制)関連。

VIA*GRA(*は不完全自主規制)って入れて検索すると、大きくなったもんも小さく収斂してしまうのではないかと思うほどにたくさんひっかかる。

世の中の男性のどれくらいが性機能不全なのか知らないが、少なくとも幾ばくかの人間は悩んでいるだろうし、こういうものに頼るのも有る事だと思う。ただ、じゃあ、それが必要だとしたときに、こういう怪しげなスパムメールから購入するのだろうか。まあ、するからスパムが大量に出回ってるんだろう。


一応ウェブ制作者の端くれからいわせてもらうと、しょうもないスパムを送りつけるならものすごい説得力を持たせたウェブサイトを立ち上げるほうが効果的な気がする。まあ、スパムそのものは自動でわんさかコンピューターが送りつけるんだろうが、それならもっと他に効果のありそうな儲かりそうなジャンルもあるんじゃないのかなと思う。


ま、たいがい外国のサイトだし、外国人のフニャチンなら悩んでしかるべきであり、アホだなあと思った。




ただこのスパム野郎からのスパムを削除するんが、ほんまに面倒くさい。

2010年1月21日

世代別の政治

最近政治ネタを書いてないなあ。

書きたいんだけどまとまった時間作れないのだ。ただ言える事は民主党は自分たちが国民から待望して選ばれたと勘違いしていること甚だしいってこと。

民主党だから一票入れたんじゃなく、
自民党がアホすぎるからであって、決して待望したわけじゃない。

そもそも自民党と民主党以外だと公明党、社民党、共産党、、、、、まあどれもこれもなわけだ。



彼らはそこを勘違いしていることと、国民の世論というものを、現状認識というものを理解できてない。



まあ、要するにあれだ。超簡単にまとめてみるとこんな感じ。


一般国民の老人たちは自民党が好きなのだ。少なくとも自民党があったから高度成長できたと思っている人たちね。


その次の世代、いわゆる団塊の世代と言われる人たち、この人たちってのは基本的にリベラルな思想が多い。みんな仲良く成長しましょうよっていう人であり、いわゆる民主党の基盤はここらへん。


ではさらに下の世代である若者たちはというと、残念なことに政治に興味を持たない年代である。もちろん他に仕事バリバリしなあかんとか、政治とか言うてる場合じゃない人たちも多数である。




ここで重要な問題は、下の世代が選挙に行かないからここらへんの意見は基本的に聞く気が無いのだ。だって、聞いたところで選挙で一票入れてくれないもん。じゃあ、誰の意見聞いてる?ってなると団塊世代であり、さらに年上の年金やなんや言うてる世代の意見になってしまう。



でさらに要すると、若者たちが政治に目を向ける必要は無いけれど、選挙にはせめて参加してしょうもない老害どもを駆逐せねばならないのである。




今年の参議院選挙、興味の無い若者でもこの国を少しでも良くしたい、ついては自分たちの生活に影響するものだという認識を持って参加してくれる人が増えることを願うばかりである。

新しい仕事をいただいた

去年あたりからずーっと手がけてるサイトがまだ終わりきってないのにも関わらず、来月から新しい仕事をすることになった。

大して営業活動してないけれど、こうして仕事があるっていうのはありがたい限り。しかも今回の新しいのはちょっと継続的なものになるし、うまくいけば継続的に収入になるっていう個人経営の会社からしたら非常にありがたい安定収入の一つになる気がする。

やりかた次第だとは思うが、いろいろとせわしない感じ。ただ、こんな状況が一番自分にとって心地いいっていうのは、ありがたい話。

ただプライベートな部分をまったく充実できてないのがちょっとばかり不満ではあるが・・・。

試写会当たったけども

吉永小百合さんと鶴瓶師匠の「おとうと」。

昨日郵便受けに試写会のはがきが入ってたけれど、明後日じゃん。無理じゃん。



というわけで、うちのオヤジとオカンに行ってもらうことに。

2010年1月19日

おっさんのマナーの悪さ

しかし年とったおっさんってのはどうしてこんなにマナーを知らんのだろう。


世間一般的なのか僕の感じ方だけかどうかわからんが、

マナー悪い=大阪のおばはん
マナーマシ=そこらへんのおっさん

みたいなのがあるような気がする。でも実際は、おばはんもおっさんもどっちもマナー悪い。では、どちらが残念かと言うと、これはどう考えてもおっさんのほうが残念である。


仮にも高度経済成長期を支えてきたであろうおっさんたちっていうのは、社会の荒波にもまれにもまれまくって、上司からの命令には逆らえず、部下からの突き上げにも耐えてきたような人たちであって、それはそれはたくさんの苦労をしていたはずなのである。


つまり、社会のマナーというものを自然と身につけているのが当然であって、その後ろ姿を見る僕たち下の世代からすれば模範であってしかるべきなのである。


それがどうだ、この体たらくは。残念すぎてしょうがない。




電車を降りてエスカレーターに乗るも、右も左もわからんような立ち位置でえらそうに立ち止まってるおっさんの後ろ姿には哀愁どころか、邪魔者以外の何者でもないオーラがたちこめてた。


とりあえず、ヒトコトだけ言ってやった。


「おっちゃん、邪魔やで!」



びっくりした顔してるが、おっさんは端に退いてくれた。多分、あのおっさん、明日になったら忘れてるんだろうなあ。もしかしたら帰りの時間くらいにはもう忘れてるかもしれない。

誰もくたびれたおっさんなんて見とうないのに、彼らは勝手にくたびれて行きやがる。

2010年1月18日

不思議なおばさん

スプーンを背負ってるわけじゃないが、、、。


いつも帰りの電車が一緒になる挙動不審なおばさん。いつも駅前のコンビニ前でタバコぷかりと吸ってるおばさんなんだが、想像でかなり酒焼けした声の持ち主だろうと思われる。




て、さっき難波のマックスバリュにてレジ打ちしてるそのおばさんを発見。


まさかこんなニアな場所でパートしてるとは…



思わずおばさんのレジに並んでしもた。






そして声を聞いたら…





おもいきり衝撃的なくらいアニメ声やった。






酒焼けやさぐれおばはんなんて言わなくて良かったー。



多分今日も同じ電車なんやろなぁ

脅威の2連続スーパープレイ

ルームサッカーだか、インドアフットボールだか、なんだかわからんが、かれこれ2年近くは毎月玉蹴りをしている。


元来野球少年であり、サッカーJリーグ開幕の年のあの熱狂はほぼ毎年それほどおおきな変化の無い野球からみたらすごく派手でキラキラしていて、あこがれではあったけれど、あんなシュッとしたスポーツには縁のない人生を歩んできた。


そう、フットサルなんてシュッとしたスポーツの代表格のようなもんである。そこらへんで野球している親子なんてべつにシュッとしてなくてもいいし、ちょっとしたスペースがあれば土手だろうが海岸だろうが、崖っぷちだろうがどこでだってできるお洒落なスポーツがフットサルだ。いや、崖は多分2〜3人落ちちゃうだろうが・・・。


そんなこじゃんとこじゃれたスポーツであるフットサル。さっき書いたように2年近くはやってるんだけどちっともうまくない。なんなら、先月の練習のときに初めてゴールを決めたくらいだもの。基本、あんまりシュート打ちたいのではなく、後ろでいい具合に邪魔したいタイプなのだ。


で、今回後ろで邪魔したいっていうのと、ゴールした心地よさを併せ持った脅威のスーパープレイをする事に成功した。みんなが憧れるが、決してできないであろうスーパープレイである。それをこの僕がなんと一日二時間の紅白試合の間に見事に決めたのだ。



それが、、、、、完璧なる自殺点。しかも2回。



点が入った直後はみんなかなり腰くだけるくらいに笑い転げていたが、当事者である僕はボールが自分のゴールに入らないように敵の邪魔をしているようなはずだったのに、まさかの自分で入れてしまうという結果。それも一度ではなく二度もあるとは本当に言葉にならない。。。


これが練習試合であった事に感謝しつつ、やはりゴール前は僕が守りたいのでもう少し練習して完璧にこなせるようになりたいなあと思うのである。


あと、一つだけ書き加えておくが、自分ところのゴールにシュートしてもまったく爽快感は無いうえに、自己嫌悪に陥るだけなので辞めておいた方がいい。

2010年1月17日

阪神淡路大震災の日

今日は阪神淡路大震災の日。

一応前もって言っておくが、阪神大震災ではなく阪神淡路大震災ね。これ当時、阪神大震災って言って世間的に問題になってた。。。

で、当時の事を回顧してみた。これまでも自分のプライベートなブログとかで書いたりしていたが、まとめて書いた事なかったので、ちょっと長いけど書いてみる。


阪神大震災のあった日、僕はまだ実家住まいで、当日は熱を出して親の目が届くようにとコタツで寝てた。今考えると熱出してコタツってのも変だが、生来の夜更かし人間なので、おそらくそのまま寝てしまったと思われる。

地震のあった時間、急に目が覚めて、となりでグースカ寝ていた母親が僕の頭をコタツの中におさえこんだ。何か判らんが、母親が本能的に動いたのだと思う。これをしてもらえなかったら、僕は多分頭の上に七福神の壁掛けが墜落していた。

父親はあわてて一人で家から飛び出して庭に出ていた。いいように考えれば自分が無事でさえいれば、家族になにかあってもなんとかできると思っていたのだと思う。まさか自分だけ助かればいいなんて・・・・ありえるかもしれないが、考えないようにしている。

さっきも書いたように僕は当日すごい熱が出ていたので、お昼ぐらいに病院に行った。割と大きな病院で、僕は朝の地震のすさまじさを思い知らされたのだ。そこには数多くの頭から、身体から血を流している患者を見てしまったのだ。僕が抑えてる頭はただ熱でうなされているだけのまったく関係のない状態。。。

神戸や淡路からもかなり離れた大阪でこんな状態だし、テレビから映し出される映像は凄惨きわまりないものだった。高速道路はねじまがり、長田ではひどい火事が起きて鎮火の気配すらない。ほんとこの世の終わりかと思った。


翌朝、奈良に住む高校時代の友人と背中のリュックに赤ちゃん用のミルク缶、水がなくても髪を洗えるアイテム、お菓子、なんかいろんなもんを詰め込んで二人で三宮へ向かった。

もちろん電車は使えないので、西宮から歩いていった。芦屋ですら水がでなくてマダムがあわてて・・・無かったけど尋常じゃない。コンビニでは賞味期限が切れたおにぎりを配り、道すがらにみた電車の線路はジェットコースターのようになっていた。

僕は当時神戸の東灘区にある大学1年だったので、まずは自分の大学へ。東灘区ではマンションの二階が一階になってしまってるのや、時計が地震のあった時間で止まったままのを見た。本当にひどい。大学の中も避難所のようになっていたのだけれど、びっくりするくらい食料があった。ほぼビュッフェ状態。

これは僕たちのミルク缶なんて足しにならないと判断して別の近所にある小学校へ向かった。小学校の校庭も人で溢れてた。僕たちは鞄の中に詰め込んだものをそこらへんで救助活動している人に手渡し、そのまま立ち去った。

震災直後に見た神戸は本当にひどかった。そして、当時首相だった村山富市の無能さ、政府の遅い判断、アメリカや諸外国の援助を拒否した神戸市の対応、あらゆるものに腹が立った。


震災後4年まで校庭に立てられたプレハブの校舎で過ごさなくてはならなかった僕は多分一生この悲惨さを忘れる事は無いと思う。それと同時に僕と一緒になけなしのお金で物資を買って神戸まで行ってくれた友人とは死ぬまで友達でいたいと思えた。

阪神淡路大震災がもたらしたものは本当に悲喜こもごもだが、自分の中に秘めた愛が自分の高熱をおさえるほどに熱いものだと知ることができたのは本当に幸せかもしれない。




最後になるが、自分の彼女をかばいながら阪神淡路大震災で亡くなってしまった大学時代の友人がこれからも安らかに眠りつづけることを願うばかりです。

やっぱり腕にあると違う

僕と一緒にあちこち旅した相棒。さすがにセックスやら愛撫なんてしたことないが、恋人以上と言えるほどの愛を注いできた子である。たまに浮気はしてもすぐにこの子がいいって思えるくらい好き。

学生時代に大枚はたいて購入したロレックスのエクスプローラー1は、去年の秋頃に見た事も無い逆走をして止まったまんまになっていた。確かラブジェネレーションで木村拓哉さんが着けてていきなりびっくりするくらい値段跳ね上がったっけ。僕はその前に買ったので30万しないくらいだったけれど、ドラマの後の値段は正直嘘やん!?ってくらいだった。

そんな長年、僕のアホなところも、エロいところも、悲しいところも、うれしいところも、ありとあらゆるときに一緒にいてくれた時計。オーバーホールに出してからわずか1年足らずで再び時を刻むのを辞めてしまった。ちょっとした古時計よりも止まるの早いがな。

ティファニーやらエルメスやらで働く友人から時計の修理をしてくれるところを聞いて持っていくことに。普通にオーバーホールするよりこちらのほうがお手頃プライスなのだ。で、だいたい1ヶ月くらいはかかるみたいなので、しばらく預けておく事に。

預けている間、時計の無い生活を2ヶ月くらいしていたが、やはりなんか腕に無いのは違和感がある。世の中には腕時計なんて要らない、携帯電話があるからそれで時計見れるっていう人もたくさんいる。そんなもんは判ってるねん。ただ、そんな彼らや彼女らにヒトコトだけ言っておく。



誰かと話してるときにチラチラと時計がきになるからって携帯見るのは、ものすごいマナーが悪い。メールチェックしてるか、時計見てるかなんて判らないし、そういうのを嫌う人が居る事にまったく鈍感すぎる。

まあ、時計をちらちら見られるのもなんとなくしょうもない話をしているようで駄目だが、それはそれで見られる方も空気読まなきゃならない。




話は反れたが、時計預けて二ヶ月。本当は1ヶ月くらいしたときに電話があったのだが、年末でバッタバッタしてしまって引き取りに行く時間が無かったのだ。で、結局年明けて誕生日もすぎてしまったがようやく引き取りにいってきた。


久しぶりの再会はやはり感慨深いものがある。長年の恋人と出会えたうれしさと、なつかしさと、元気になった表情はほんといい。すぐに着けて帰らず、そのままそっと鞄に入れて持ち帰ることにした。


まあ、本妻が帰ってきたんだけども、その間に着けようとしてた愛人のオメガの時計があった。で、愛人だからたまにしか着けないんだけれど、これまたへそを曲げてしまって竜頭がちっとも廻らなくなっちゃってた。めちゃくちゃ固くてうんともすんとも言わない。


せっかく修理屋さんに行くのでってことで連れて行って見てもらったらこちらはこちらで長年使ってるとこういうことにもなるし、オイルがギスギスしてしまってるかもしれないので、できればオーバーホール出してあげてくださいと言われる。

本妻の次は愛人もだ。まあ、愛人とはいえこちらもかれこれ10年近く連れ添っている。預けたかったけれど、ちょっと思うところがあって、また改めて持ってきますと伝え、本妻と愛人の二つの時計を連れて帰ってきた。



時計の事を書いてるのに、本妻とか愛人って書き方になったりして、まぎらわしいというか感情が行方不明になりそうだが、これで日常に時計が戻ってきてくれたのは本当にうれしい。

そして家に帰ってきて、あらためて腕にはめた時、ああ〜コレコレ、この感じ。この重さ。この質感。なんかわからんが、本当に2ヶ月だけ居ないだけでこんなにうれしいものなのかとあらためて思った。

多分、僕が死ぬまでこの子は離さないだろう。どんなにお金がなくて苦しくても一緒にいるだろう。なんだかそんな事を考えると、時計って異性に対する考え方というのもあながち本当のことかもしれないなって思った。


ただまあ、僕はもうすこしがんばって労働して金ぴかデイトナが欲しいんだが、それはまだもう少しだけ先の話にしたい。。。

2010年1月16日

アホとかバカにしかでけへん

僕が普段お世話になっている方がついに本気で独立することになったようだ。


とはいえ、すでに半身は独立しているようなもので、最後の片足を引っこ抜いたような感じかな。相変わらずたとえはヘタクソでありますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


長年つとめてきた会社と決別するっていうのは、理由はどうであれそれなりにエネルギーがいるものです。僕もこれまでいくつか会社を渡り歩いてきましたが、やはり毎回思うのがこんなに大変なことをなんでまたやってしまうんだろうかっていうこと。


そりゃね、会社のあかんところ、気に喰わないところ、しょうもない上司、無能な部下、いろいろとあるんです。で、それを会社で働いて給料貰いながら言ってるくらいがちょうどいい。ほんとに辞める勇気もへったくれもないから、会社に依存しているくせに、平気で会社の悪口を言う。あげくにいつでも辞めたるわいっていうね。


ほんとにしんどい、ほんとうにつらい、ほんとうにもうダメだって言うのなら辞めちゃえばいいんです。ただ、自分になにもない、なにも備わっていないってことをなんとなく知ってしまっているとなかなか辞めにくい。やめても自分が生きて行けなきゃ意味ないって思いますからね。


でも、本当に辞める人っていうのはそこの覚悟をしっかりとしてしまった人だったりする。まあ、いわゆるアホです。辞めることでかかるであろうまわりへの迷惑も、自分にふりかかるであろうしんどさもどうでもよくなってしまうんです。なのでやっぱりアホやらバカじゃないとでけへんのです。


そしてそんなアホがまた身近に出来たのはちょっとだけアホの先輩としてはうれしい限りなわけです。応援したって程度がしれてるし、感謝されるのも慣れないのであんまり表立ってはいいませんが、しれっとがんばってほしいものです。

2010年1月15日

人と違うということ

どんなカタチであれ、人と関わりあうのがこの世の中の当たり前。


そしていろいろな意見をぶつけあい、同調し、共鳴し、成長していく。
その過程において、まず絶対的に知っておく事がある。


それが人と自分とは違う人間であるということ。


ものすごい当たり前の事なんだけれど、これが頭から抜けていると、
「あの人は僕の言うことを理解してくれない」
「あの人たちはなんであんなに馬鹿げた政策をするんだろう」

これらすべてが理解できなくなる。脳みその出来不出来はあるから、バカな事をバカな大論かかげて国を動かそうとしている詐欺師みたいな人間が居たとしても、それはやっぱりしょうがない。そして、その馬鹿げたことをしでかそうとしている人たちに対して、では自分がどう動くかってところが重要である。


まあ、そのうち誰かがなんとかしてくれるって思ってる人は、たくさんいるだろうが、そう思ってるのは自分だけだと知るべきであり、まずはその太くてどうしようもない根っこを切って動き出してみるべきである。

2010年1月14日

学生懐古、稲盛様によるJAL再建

学生時代の僕はいま以上にモテない冴えないだらしない童貞男子だったので、同級生の女子や、通学途中でこっそりみかける他の女学生たちのことをちょいヤンキーみたいな子はもちろん、上品ぶった子でも、キレイな瞳をした子だろうが、ちょい年上の大学生あたりにズコバコやられてるって思ってた。






中学、高校時代に同級生でイナモリって上品でキレイな子がいたんだ。しばらくして稲盛ファミリーの娘だったことをこないだ思い出して、彼女もそんな感じだったんだろうか・・・。そんなの厭だな。





去年初頭だか、一昨年の暮れあたりに空関係の会社が危ういよって聞いてた。そしたらJALがズタボロになっていた。そのとき、もう一つ銘柄を聞いているのだけれど、それはまだ内緒。


内部の体制が酷いのは端から聞いていても感じられたが、まさか一昔前の若者からあこがれられる象徴だったJALがここまで凋落してしまうとはって感じはする。




そこになんとかしてみようと立ち上がった稲盛名誉会長。



一代で京セラを作り、ミタを復活させ、KDDIを築き上げた男である。
松下幸之助は死んでなお経営者の鏡であるが、彼は生きたまま経営者の鏡である。


あやうい会社に自分が手をさしのべることで鼓動が戻る、そんな現実を目の当たりにできるとしたら、それだけでもこの同じ時代に生きていてよかったと思える。



愛の伝達、心の文字化

いやぁ、誕生日っつっても昨日とおんなじ。
いまんところ目立った違いは数人からメッセージ。

メッセージをいただけるのはありがたいけれど、昔と比べると伝達方法が多岐にわたるなあって思う。

やはり主立ったダイレクトに届けられるツールとしてはこの二つ。

パソコンメール
ケータイメール



借り物、システム依存系でももちろん届く。

ブログコメント
ミクシィのメッセージ


ささやき、つぶやき系でも誕生日メッセージが届く

ついったー
ミクシィボイス
アメーバなう
・・・・


多すぎて漏れてしまってると思う。


で、伝達方法はたくさんあるけれど、自分のケータイ、パソコン、自分のドメインにあるブログやらに書いてもらえるもの以外はシステム的に借り物であって、どうにも残すのに不便である。どうにも自分がサービスを提供していく立場で考えたとき、永続的なものとしてそれらを捉えることができないのである。


人の心がこもっているのであればなおさら、カタチとして残してもらいにくいところを利用するのはナンセンスな気がしてしょうがない。


結局最後は、電報であり、手書きの手紙であり、ピロートークなんだろうなと思う。

Good bye 33rd,Hello 34th.

おかげさまで33歳も終わり、僕も34になった。

毎年これまでの人生を振り返るようなことをしても後悔こそすれ、とりたてて自分にプラスになることはあんまり無いので今年はあんまり控えておこうかなあという感じ。

一応今年のテーマは、熱く生きることであり、自分に厳しくすることであり、がんばるという気楽で気休めな言葉を吐かないこと。

世の中の不景気は個人的にはまだまだ続いてくれたら、僕はその間をぐいぐいと先を進む人たちに向かって追いつけるチャンスだなと思っている。いまんところ政治も経済もろくに効果的なアイデアが表立って出てこないので僕に取っては随分と好都合。これは同じような考えを持つ他の人にも言えるけど。

世の中を支えていかなければならない年齢になったなあと自覚すると同時に、世の中をより良くするために自分ができること、しなくちゃならないことを着々と進めていけたなあと思える一年にしたい。

33でも34でも1歳しか違わないし、それでどうこうなるわけじゃないけれど、もう少しだけそういう事を考えて実行できるような地盤を築き上げることが今の楽しみである。

2010年1月13日

アバター

なんかオイラの思ってた事を書いてくれてた。。。。


個人的にアバターをいいって言う人たちっていうのは、普段テレビを見ない人、普段遊びの少ない人、普段ゲームしない人、普段から日常に変化が乏しい人だろうと勝手に推測している。


日本の右に倣え精神なのかなんかわからんが、3Dの技術がどうこう言う前に、ストーリーの巧緻さとかのほうを重視したほうがいい。


技術だけの映画なんて、30年もしたら駄作だぜ。



個人的にはあの青い生き物が気持ち悪くて観る気もしないが・・・・。



バチカン紙が大ヒット中の「アバター」を酷評
ジェームズ・キャメロン監督のSF超大作「アバター」が世界中で大ヒットを続けるなか、バチカン市国のロセ..........≪続きを読む≫

毎月1万円貯めて何になる?

「5年前の経済白書によれば60歳以上の人は、生涯を通じて政府に払う税金や社会保険料よりも政府から受け取る年金給付や医療補助などの行政サービスが4875万円多いのに対し、20歳代は受け取りが支払いより1600万円少なく、両世代の差は約6500万円にのぼる」


税金を一生懸命支払ってももらえる金額が支払った金額よりも低いという現実を考えるとどうしても税金を払うのがばかばかしくなってしまう。せめて支払った金額と同等の金額が老後に戻ってくるというのであればいいが、どうにもいまのままではダメである。


だからといって、いまからせっせと貯金したところでそんなもんはしれている。それならばいま自分の身になるもの、糧になる事に費やす方がいい。



安い、美味い、早いではないけれど、その場しのぎの幸せを延々と続けることの大変さと、しんどさをふまえて、年を取ってから若いときにもう少し勉強しておけばよかった、ああしておけば良かったと思うことがあるとしたら、いま僕ができることは僕よりももっと若い人たちに、もっともっと充実した人生を歩んでもらえるように理解してもらえる工夫をしたい。

ジャンル替え

このブログのランキングジャンルを変更した。


前はヨボヨボと自叙伝だったのだが、明日からは「ヨボヨボ」と「コンサルタント」。



いまコンサルタント1位の方は昔から知り合いだったりする。いろいろと諸事情が重なって縁遠くなってはいるけれど、ええ人である。諸事情についてはいつか書く日が来るのだろうか。。。



基本的にランキングを追いかけるのはしんどいので昔から興味がないが、コンサルタントでもない僕がコンサルタントな事を書いてみたら楽しそうなので、明日からヨボヨボコンサルタントとしてがんばります。





うん、やっぱりヨボヨボは外されへんわ。

ほぅぇ〜

はやいはやい。明日で34歳。。。。どこから輪切りにしたってええ年だ。


なんちゅうかあっという間の33歳だった。


運命的な出会いをすることもなく、
伝説になりそうな仕事をすることもなく、


いたって普通な感じでスコーンと1年経っちまった。



毎年思うが、元旦に「今年は○○するぞー」って決めたとして、この2週間程度で「やっぱり今年は△▲にしたい!」っていう変わり身が出来てしまうのがいい。

そもそも元旦のポワーんってなってるときに決めた事なんてそれほど長続きしない。それよりも自分の誕生日のほうがいろんな面で区切り甲斐もあるってなもんだ。


で、明日からの誓いを立てねばな〜なんて思っているのだが、今回はとても簡単でとても難しいことに朝鮮しようと思う。


「がんばる」を言わない一年。



日本人はすぐにがんばると、がんばりますと、何かあれば言いたがる。こないだテレビで見た番組では日本人ってのはがんばるっていうプレッシャーにとても弱いのだそうだ。


ただ、実際問題がんばるって言って本当にがんばってる人間なんて一握りだろうし、がんばるって口先だけで言うのなら、身を以てがんばっとるなあを感じさせるくらいでいいんじゃないかと思った。当の本人は楽しんでいるだけだとしたらそれが理想なんじゃないかと。


なので今年は「がんばらない、でも精一杯楽しんでみる」ことにしようと思う。




ではみなさま、明日から34歳になる私でございますが、どうぞよろしゅうお願いいたします。

2010年1月11日

ネズミの死骸

梅田の繁華街でネズミの死骸が。。。





よく見たら白いタオルハンカチやった。びびったわ。

2010年1月10日

めんどうなやりとり

意外と面倒くさいやりとりしなあかんのね。


人間付き合いってこんなに大変だったっけかと思うってことは、


自分が不器用になっているからなのか、


自分が面倒くさがりになっているからなのか、


それとも、


年をとってしまっただけなのか、


こたえは判らないけれど、


このままじゃ、好きってことが持続する気がしない。


じらされるのを待つ行為と、じらして喜ぶ行為。


どうにもこうにも面倒でしょうがない。








焦らして喜んでいる間に薄れて行く感情をきっと忘れてるんだろうな。

2010年1月 8日

かけてひいて

小学校がいつから始まったのかわからんが、出勤途中に見えた小学生たち。校庭で半袖半ズボンだなんて、やるじゃん。いまでも子供は風の子なのかね。僕なんて中学校の体育の授業は冬でも裸足でグラウンド走らされてたよ。。。まあ、いまじゃ体罰だなんだと口うるさいから無いだろうけど、まあ、いい思い出です。

健全な精神は健全な肉体に宿る。なんて言いますが、大人になるとあちらでコソコソ、こちらでゴニョゴニョとやっとるわけでありまして、それは男女の関係でも同じ。

気になる女子からのメールを深読みするも、意味なんて無かったり、こちらから送るメールの中身を吟味しまくって考えまくって送っても、割りと無愛想な返信メールが来たり・・・もどかしいったらありゃしない。

そんなの回りくどいとみるか、この微妙な駆け引きが楽しいんだと思うか、人によって様々だろうけど皆様、いかがお過ごしですか?


男子的な発想でしか無いが、仮に気になる女子が居たとすると導かれる選択肢は3つ。一つは「つき合いたい」、もう一つは「男女の関係のみ」、そして「友達関係のままでいい」。

最後のはいいとして、「つき合いたい」か「男女の関係のみ」のどちらかっつー話である。つきあえば両方満たされるんだろうが、そうでもない時、どうか判らんなあって思ってるときの駆け引きったら難しくてしょうがない。関係が途切れるのは望んでないし、かといって性的なものだけ求めてるわけじゃない。要するにまだ判断できかねている・・・



明日お出かけの予定だが、さてさてどうしよう。




駆け引きが超苦手なんで、メール1個でもうむむぅ〜ってなってしまうのよね。
まあ、架空の話やけどな。。。笑

2010年1月 7日

カウントダウン

あたしの生誕記念日まであと1週間。

これといって予定が無いのは、普通に平日だからなのか、だから何?って感じなのか、よくわからないが、とにかくあと1週間で年齢が一つ増えてしまう。

ただ、今更年齢が一つ増えたところでどうってこたぁない。思えば20歳代になったときも30歳代になったときも大してなんにも思わない。そのとき何をしていたかすら記憶に無かったりする。

去年は誕生日前日くらいに東京へ行き、ネズミ観てた気がするが、今年はおそらく普通に仕事。
当日はせめて美味しいケーキくらいは食べたいものだ。

2010年1月 6日

あるまじきサポート

怒りに手が震えて誤字脱字、乱文、乱筆になってると思われます。。。。



会社で運営していた某サービス。一応昨年末に終了ってことで苦渋の決断をしたんだけれど、本日ついにサイトがブラウザから見られなくなってしまいました。

元々、ウェブサイトの制作事業を本業にしたいなんてこれっぽっちも思った事は無く、どちらかというとネットを使ったサービスを提供する立場になりたいと思っていた。もちろんネットショップの運営とかも含めてだけれど、技術的に補わなくてはならない部分は外部に依存せざるを得ないこともある。企業規模がでかければ必要な技術を持った会社を買収するなんていう方法もあるけれど、うちのようなペーペーの吹けば飛ぶような会社ではそんなことはできない。


で、年末に終了したサービスもシステム部分を和歌山の某会社に任せていたのだけれど、最後の態度が相当頭に来た。頭に来たというよりも同じ会社人として許されへん。ちっとも連絡がないままにサーバーから全てを削除してしまっていたのである。


間に取り次ぎをしてくれている会社があったのだけれど、そこからの連絡も曖昧だし、なにより和歌山の会社の社長と僕は実際に逢った事も有るし、知らない関係じゃない。それでも1通のメールもよこさないのである。仮にも10万近い金額を1年半くらい払い続けてきた相手に対して、この対応ってのは僕の理解力をはるかに超えている。


企業の技術力とかいうまえに、人間力、サポート力を鍛えてくれよって感じ。はっきりいってここにこうして文字にしている途中からめちゃくちゃ腹が立ってきた。まるで自分たちは悪くないとばかりの慇懃無礼さははっきりいって相当おかしいと思う。


一応サービスを提供する会社として、僕のほうから技術的なリクエストをすることもあったけれど、ほとんど実現できなかった程度の開発力なので、遅かれ早かれ辞めていただろう。他にも同じくらいの金額を出せばもっと使い勝手の良いサービスがあるのも事実。


もちろん運営していた僕にも問題はあるだろう。自分でできる限りの事は一応してきたつもりであるが、アレやっとけば良かったな、とかああいう企画すれば盛り上がったかななんてのはやはり考えてしまう。だから、やっぱりサービスを提供するってのは楽しいのであって、結局依存しない体質にしていかなきゃならないのだろうなって思った。


僕の経営している会社はまだまだ小さいけれど、企業人としての資質、企業としてのあり方、サービス提供者としての責任感、営業マンとしてのフォロー力、あらゆる面でこんな会社みたいになりたくないっ。



いやあ、書いても書いても虫の居所が良くならんわい。ちくしょう。




運営していたサービスの利用者がこのブログを観ているとは思わないが、観ていたら、ヒトコトだけメッセージを。


しょうもない終わり方になってしまって本当にごめんなさい。
ほんのわずかな期間だけかもしれないけれど、利用してくださってありがとうございました。
現在ドメインをそのままに、新しいサービスを提供できるようにと動いてますので、
そのときはどうぞまたご利用いただければ幸いです。


                  ストラテジックデザイン有限会社 代表

2010年1月 5日

まだまだ年賀状

年末以来久しぶりに難波の仕事場へやってきた。植木は枯れて、クモの巣でも張ってるんじゃないかと思ったが、意外とそうでもなく、植物もすこやかに元気そうで、クモの巣なんてどこにもなく、いたって年末に立ち去ったままの状態だった。


会社の登記は難波ではなく東大阪になっているので年賀状も難波には無いかと思いきや、数枚届いてた。中にはどうも直接郵便ポストに入れたんじゃないかと思われるものも。まあ、近いからその方が早いだろうけど、それなら連絡してくれりゃいいのに。プププ。


新年早々の仕事でまさか何枚も年賀状を書く羽目になるとは。友人、知人の類いじゃなく会社関係ばかりなので、あちゃ〜って感じやね。ただ、郵便ポストはまだ年賀状とそれ以外って分け方になっていたので、まだいけるってことだと思う。あれっていつまで年賀状なんだろね。寒中見舞いっていつからいつまでなんだろうか・・・?


今年は昨年末からとりかかってる依頼の仕事をさくっと終わらせて、自分をいかに成長させるかに注力したいと思う。まだまだ未熟で、知らない事もたくさんあるので、そのうちのほんの少しでも身になるように日々精進していけるようにしたいところです。


他にも抱えてる問題があるんで、そこらへんも片付けて行かなきゃねえ。だって、もう10日ほどで34歳になっちゃうさ。もうどう逆立ちしてもおっさんだよぅ。

いまごろクリスマス

昨日は特にしたいことがなかったので、仕事ほったらかしてユニバーサルスタジオジャパンへ行ってきた。4日まで休みのところも多いだろうけど、まさかあれほどまで混雑しているとは・・・。

なんとなしに行っちゃったのでどうしてもコレに乗りたいとか、どうしてもこのショウを観たいっていうのがなかったので、ブラブラ歩いて適当にUSJの中を散策。いや〜高校生くらいかな、それくらいの年代のガキどもと子連れがめちゃくちゃ多かった。

もともと行列に並び続けるのが好きじゃないし、できることなら避けたいんだけどほとんどが1時間近く行列になってた。バックドラフトが80分待ちは寒さ対策として選びがちだけれど、あんなに待ち時間待ってられへん。ウォーターワールドなんて2回公演とも満席で入れないし・・・・。

でもスパイダーマンにもいけたし、ハリウッドドリームライドだったっけジェットコースターも乗れたし、ジョーズもジュラシックパークも乗れた。シュレックもセサミストリートも行けたし、多分ほとんどいけた気がする。

お昼の汽車のパレード、クリスマスのショウ、夜の電飾キラキラのパレードと大きな見せ物としては全部制覇できた。なによりもクリスマスじゃないけどクリスマスイベントが観れたのが良かった。なんで新年あけてもクリスマスやってるんじゃいって思ってたけど、あのキラキラしたクリスマスショーのときだけは本当に12月に戻れたような気がした。

ちなみにクリスマスイベントは明日の6日まで。

新年明けて早々にユニバーサルへ行くと思いもしなかったけれど、なんかやっとこさ正月休みっていう感じがして大満足だった。

2010年1月 3日

丹波もちつき大会

丹波の山奥に住む友人からもちつき大会するから来るべしと連絡があったので、正月からクルマで丹波まで行く事に。途中、梅田で一人男子を拾い、中国道から舞鶴自動車道を通り丹波へと向かう。


正月から男子二人で長距離ドライブすることになるとは夢にも思わなかったが、まあ、こういう正月もありかもしれない。途中で結構なラッシュに巻き込まれ時間がかかっちゃったけれど日が暮れる前になんとか到着。


着いた時間が遅かったので男5人で餅つき大会がはじまっててすでに4回ほどやったという。で、ラスト1回分だけ残していてくれたので遅れてきた僕と友人二人で杵で突いたり、間の手を入れたりして、生まれて初めての餅つき。普段実家とかでするのはほぼ全自動の餅つき機がやってくれるからわからんかったが、手作業でするのってすっげえしんどいね。


でも、えらいもんで、素人二人でやーやーわーわーやってたにも関わらずお餅が出来上がった。突き立てのお餅をおろしポン酢やらあんこやら、きな粉やらで食べる。んま〜ぃ。自分で作ったってのもあるし、突き立てってのがいいね。ただ、お餅なんてそんなにたくさんの量食べられないので持ち帰ることに。


丹波の青垣ではコトモチと呼ばれるちょっと他では見ないお餅の食べ方があるらしく、コトモチを友人の母親が作ってくれた。で、これは突き立てじゃなくて、しばらく時間をおいてから食べなきゃならないみたいで、後日送ってくれるそうだ。ちなみにコトモチって漢字とか意味とかは青垣出身のおばちゃんも知らんらしい。なんか伝統的やねえ。


餅つき後、仕事終えた友人が一人増え、近所のスーパーで買い出しして、男8人で鍋パーティー。さらに鍋の途中でたまたま東京から帰ってきてた売れない芸人が一人増え全部で9人。全員が独身で、なんとも不思議な男子だらけの鍋。ただ、めちゃくちゃ盛り上がるのよねえ、こういうの。


気づけば何時間も経過していて、丹波を出発したのが夜中1時前。友人を送り届け、自宅に戻ってきたのが3時過ぎだったので、結構充実した密度の濃い1日になった。


はぁ〜たのしかったぁ。

2010年1月 2日

丹波餅つき大会

年末あたりに急に振って湧いた企画「丹波餅つき大会」。

丹波に住む長年の友人がこの年末年始のイベントの今イチっぷりに憤慨して突然できた企画。これも都会じゃなかなかやるよーって言っても杵やら臼の用意ができなかったり、人集まらなかったり、勝手が判らなかったりして実現させるのは難しい。いまはインターネットもあるし、レンタルで杵と臼を貸してくれる業者もあるにはあるが、やり方とか手順的なものは知らない人だらけだと難しい。

だが、田舎だとそれができてしまう。近所をさがせば道具一式持っている家庭があったり、手順を知っているからと教えてくれたり、なによりも広大な敷地でのんびりとした環境とすばらしい空気が気分を良くさせてくれる。


ただ、場所が我が家からだと微妙に時間もかかるので、正直当日まで行くかどうしようか悩んだ。ほぼ辞めておこうかと思った時に、大阪に住むうちの逃亡癖のあるボーカルから行くなら一緒に行こうと電話があった。よし、こうなりゃちょっと遅くにしか着けないけれど向かおうって事でクルマを出すことに。


梅田でボーカルを拾って、新御堂を抜け中国道を走り、舞鶴自動車道を丹波へといそぐ。反対車線が異常に混雑していて、二日というのにもう帰省ラッシュなのかと帰りの事を心配する。あとはボーカルと久しぶりに再会したのでなんじゃかんじゃと音楽の話をしたりしながら、約2時間程度で丹波シティに到着。何度か行った事があるので、道にも迷わずすんなり餅つき会場になっている友人の家へ。

すでに時間も遅くなっていたので、3回ほどは地元の仲間同士でやったらしく、ラスト1回分をちょうどいいタイミングで餅つきさせてもらえることに。杵を使って餅つきなんて多分記憶に無い。なので、記憶がしっかりある餅つきとしては今回がはじめてだ。最初、餅に水つけてくいっとひっくり返す役をしていたのだが、これが餅があつあつなのと、振りかざされた杵のプレッシャーでなかなか難しい。エイヤーと声をかけあいつつドンドンついていく。

途中で交代して、杵をもって、ドンドンついていく。これはこれで思うような場所に振り下ろされなくてなかなか難しい。ただ、めちゃくちゃ楽しいのね。ヘタクソでも笑いながら、ビールを飲みながらワイワイしているのがとても楽しい。多分年代も近い男ばかり8人くらいだったから余計におもしろい。

もち米のつぶつぶ感がなくなったころに終了。あとは適当なサイズに丸めてきな粉やら小豆やら、おろしポン酢やらでできたてのお餅を食べた。ただまあ、お餅って一度にそんなに食べられないので、結局残った分、すでに3回やってたときにまるめた分をタッパーに入れて御持ち帰りさせていただくことにした。


生まれて初めての餅つき大会。ほんとおもしろいねえ。この後はみんなで鍋パーティをすることになる。(つづく)

丹波大餅つき大会

年末あたりに急に振って湧いた企画「丹波餅つき大会」。

丹波に住む長年の友人がこの年末年始のイベントの今イチっぷりに憤慨して突然できた企画。これも都会じゃなかなかやるよーって言っても杵やら臼の用意ができなかったり、人集まらなかったり、勝手が判らなかったりして実現させるのは難しい。いまはインターネットもあるし、レンタルで杵と臼を貸してくれる業者もあるにはあるが、やり方とか手順的なものは知らない人だらけだと難しい。

だが、田舎だとそれができてしまう。近所をさがせば道具一式持っている家庭があったり、手順を知っているからと教えてくれたり、なによりも広大な敷地でのんびりとした環境とすばらしい空気が気分を良くさせてくれる。


ただ、場所が我が家からだと微妙に時間もかかるので、正直当日まで行くかどうしようか悩んだ。ほぼ辞めておこうかと思った時に、大阪に住むうちの逃亡癖のあるボーカルから行くなら一緒に行こうと電話があった。よし、こうなりゃちょっと遅くにしか着けないけれど向かおうって事でクルマを出すことに。


梅田でボーカルを拾って、新御堂を抜け中国道を走り、舞鶴自動車道を丹波へといそぐ。反対車線が異常に混雑していて、二日というのにもう帰省ラッシュなのかと帰りの事を心配する。あとはボーカルと久しぶりに再会したのでなんじゃかんじゃと音楽の話をしたりしながら、約2時間程度で丹波シティに到着。何度か行った事があるので、道にも迷わずすんなり餅つき会場になっている友人の家へ。

すでに時間も遅くなっていたので、3回ほどは地元の仲間同士でやったらしく、ラスト1回分をちょうどいいタイミングで餅つきさせてもらえることに。杵を使って餅つきなんて多分記憶に無い。なので、記憶がしっかりある餅つきとしては今回がはじめてだ。最初、餅に水つけてくいっとひっくり返す役をしていたのだが、これが餅があつあつなのと、振りかざされた杵のプレッシャーでなかなか難しい。エイヤーと声をかけあいつつドンドンついていく。

途中で交代して、杵をもって、ドンドンついていく。これはこれで思うような場所に振り下ろされなくてなかなか難しい。ただ、めちゃくちゃ楽しいのね。ヘタクソでも笑いながら、ビールを飲みながらワイワイしているのがとても楽しい。多分年代も近い男ばかり8人くらいだったから余計におもしろい。

もち米のつぶつぶ感がなくなったころに終了。あとは適当なサイズに丸めてきな粉やら小豆やら、おろしポン酢やらでできたてのお餅を食べた。ただまあ、お餅って一度にそんなに食べられないので、結局残った分、すでに3回やってたときにまるめた分をタッパーに入れて御持ち帰りさせていただくことにした。


生まれて初めての餅つき大会。ほんとおもしろいねえ。この後はみんなで鍋パーティをすることになる。(つづく)

2010年1月 1日

新年おめでとうございます

Good bye 2009, Hello 2010!!

あけましておめでとうございます。

今年のことを書く前に去年のことを少々。去年は本当にいろいろと忙しかった。仕事では去年の頭からずーっと年末まで追い込まれ続けた日々。おかげさまで年末のついさきほどまで仕事してたくらい。本当ならもう少し稼げててもいいんだけれど、忙しかった分、出て行く出資やら投資やらも多かったかな。でもまあ、未来への種まきやと思うとちょっとくらい平気。な気がする。


プライベート的には1月の33歳の生誕記念日は東京ディズニーランドで大切な人と過ごせたけれど、その後結局駄目になっちゃったし、夏前に出会った人とも知らんうちに疎遠になったりなんかして、ほんと思うように行かんなあって感じの一年だったように思う。


今年は気を入れ直してプライベートは結婚が見えてきたらいいなあって思うが、こればかりは一人じゃどうにもならないので、なるようになれってな具合ですが、仕事はもう少し増やして入ってくるのと出て行く分をバランス良くしたいかな。


そして、このブログ。昨年後半あたりから結構コマメに書くようになったアメーバブログ。実際は個人的なブログと会社の社長としてのブログなんかをいれると毎日相当量のテキストを世に垂れ流してきたのは随分とでっかい。


今年もブログでアホみたいなことから、あんまり頭が良くないのでなかな書けないけど政治的なこと、経済的な事なんかも積極的に書けるようにしたい。硬い事を柔らかくできるように努めて参りますので、どうぞこの一年もよろしくおねがいいたします。

ビバ!2010!

謹賀新年。

今年もどうぞよろしくおねがいいたします。


新年1月1日ってのは何かとキリがいいので新しい事をしようとか、今年はこういう年になるように努力しようとか、いろいろと考えたりする。そして、2週間くらいしたらやってくる誕生日でもう一度それを仕切り直すか、邁進するかを決めたりする。ちょっと連続してしきりやすいタイミングがあるってのはなんとも自分の性格上都合がいい。


一昨年の暮れから続く世界的不況ではありますが、幸いにして自分の会社としての仕事は山積状態で、ありがたいばかりです。今年はもう少し身になるように、地に足つけていられるように創意工夫を繰り返していくことができればと思っております。


去年は三が日も明けてから行った伏見稲荷神社へ今年は元旦のお昼に行ってきた。そりゃびっくりするくらいの人出でどうにも進むのかい?って具合でしたが、やっぱり元日に参れて良かった。しかも今年は他の神社などに浮気せずに行けたので、神様が本当に居るのならきっと報われることだと思う。そういうものなのかどうか知らないけれど。

仕事はもちろんだけれど、去年あたりから急激に興味を持ち始めた政治と経済。今年はこの辺りをしっかりと自分の身にまとえるようにしたいと思っている。これがより実を結ぶかもしれないが、それはもう少しだけ先の話。そこまで未来のことは神様でもわかるまい。ただ、日本の舵取りが今のままろくでなしがつづくのなら、政権交代ではなく、世代交代を宣言しなきゃなとは思っている。いずれにしても自分がもう少し年齢を重ねた時に苦労しなきゃならないのなら、それは今から手を打つべきだと思う。

そして、もうひとつ、個人的にはそろそろ身を固めるというのをしたい。こればかりは一人じゃできないことだけれど、僕の遺伝子を受け継ぐものを作っておかなくてはと真剣に考えるようになった。誰でもいいなら苦労しないだろうが、そうもいかんので、優秀な遺伝子になりそうな人にめぐりあうことを願うばかり。すでに出会ってたりするかもしれないが、今年はもう少し本気で見極めていけたら良いかな。


いろいろと思うところはたくさんあるのだが、新年からうだうだグダグダ書いてられないので、このへんで。


みなさま、どうぞ今年もよろしくおねがいいたします。

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