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2008年3月23日
ペルー番外編
番外編なので、軽めに書き出していきます。
●クスコにて忘れたノートパソコン
クスコでホテルに置きっぱなしになっていたノートパソコンちゃんは
リマで受け取る予定だったけれど、リマにてガイドさんから
そんな話はまったく聞いてないと言われのけぞるくらいにびっくりした。
すぐに現地ツアー会社のほうに連絡を取ってもらった所、パソコンは
リマに向かって移動しているけれど、飛行機の時間に間に合いそうにないとの事。
結局日本に戻ってから日本の旅行会社と話をして手配してもらう事になった。
帰ってきてから日本の旅行会社に問い合わせた所、日本に戻ってくる人ga
ピックアップしてきてくれるとのこと、これにはすっごい助かった。
もし、郵送だか宅配でペルーから送られてきたら相当費用がかかってしまったハズ。
ちなみに、クスコからリマへの輸送費は振込したけれど、5500円かかった。
何はともあれ、すでにボクの手元に無事に帰ってきました。わははーい。
仕事の製作データと途中で取り込んだナスカの写真くらいしか入れてなかったので良かった。
●腹痛
結局これは原因がわからなかったけれど、プーノ二日目にはすっかり元気に元通り。
薬が効いたんやと思うけど、やっぱり現地での腹下しには現地の薬が一番だって事。
とりあえず正露丸ならなんでも治るっていうのは甘かった・・・そりゃそうか。
●携帯電話
ドコモの905シリーズなんだけど、iModeも使えるし、電話も普通に大丈夫。
まあ、ハワイですでに経験済みだけど、ペルーでも大抵どこでも完璧につながった。
ノートパソコンはあんまり使わなかったけど、iModeでGoogleメールとかで
チェックをこまめに出来てたので連絡が取れないとかってのはほぼ無かったかな。
やっぱり世界標準ってのは大事やなと思う。日本って独自規格が多いからなあ。
●お土産
インカ帝国らしい置物やら、ナスカの地上絵の描かれた灰皿やらいくつか買ったけど、
ボストンバッグで旅したために、帰りの飛行機で運ばれてきたショックとかで
粉々に砕け散ってた。。。いくつかは陶器用の接着剤でなんとなく復活したけど、
結構気に入ってたインカな置物は無惨すぎるぐらいに粉々やった。アーメン。
他にもなんか書き漏れとかありそうやけれど、思い出したら
追記していきます。
●クスコにて忘れたノートパソコン
クスコでホテルに置きっぱなしになっていたノートパソコンちゃんは
リマで受け取る予定だったけれど、リマにてガイドさんから
そんな話はまったく聞いてないと言われのけぞるくらいにびっくりした。
すぐに現地ツアー会社のほうに連絡を取ってもらった所、パソコンは
リマに向かって移動しているけれど、飛行機の時間に間に合いそうにないとの事。
結局日本に戻ってから日本の旅行会社と話をして手配してもらう事になった。
帰ってきてから日本の旅行会社に問い合わせた所、日本に戻ってくる人ga
ピックアップしてきてくれるとのこと、これにはすっごい助かった。
もし、郵送だか宅配でペルーから送られてきたら相当費用がかかってしまったハズ。
ちなみに、クスコからリマへの輸送費は振込したけれど、5500円かかった。
何はともあれ、すでにボクの手元に無事に帰ってきました。わははーい。
仕事の製作データと途中で取り込んだナスカの写真くらいしか入れてなかったので良かった。
●腹痛
結局これは原因がわからなかったけれど、プーノ二日目にはすっかり元気に元通り。
薬が効いたんやと思うけど、やっぱり現地での腹下しには現地の薬が一番だって事。
とりあえず正露丸ならなんでも治るっていうのは甘かった・・・そりゃそうか。
●携帯電話
ドコモの905シリーズなんだけど、iModeも使えるし、電話も普通に大丈夫。
まあ、ハワイですでに経験済みだけど、ペルーでも大抵どこでも完璧につながった。
ノートパソコンはあんまり使わなかったけど、iModeでGoogleメールとかで
チェックをこまめに出来てたので連絡が取れないとかってのはほぼ無かったかな。
やっぱり世界標準ってのは大事やなと思う。日本って独自規格が多いからなあ。
●お土産
インカ帝国らしい置物やら、ナスカの地上絵の描かれた灰皿やらいくつか買ったけど、
ボストンバッグで旅したために、帰りの飛行機で運ばれてきたショックとかで
粉々に砕け散ってた。。。いくつかは陶器用の接着剤でなんとなく復活したけど、
結構気に入ってたインカな置物は無惨すぎるぐらいに粉々やった。アーメン。
他にもなんか書き漏れとかありそうやけれど、思い出したら
追記していきます。
2008年3月21日
ペルー旅行記8日目〜プーノ観光
ティティカカ湖湖畔の街、プーノに辿り着き、二日目。
今日が実質の最終日。というわけで、朝からバッグの整理をする。
あ、、、無い!
オイラが持参していたノートパソコンが見当たらない。
旅の間、仕事でもしようかと思って持ってきてたが、
ネット環境が整ってない場所やら移動が多かったために
あんまり使ってなかったけど、大切なパソコンちゃん。
なのに、行方不明。
カバンの中身を掘り起こしてみるも見当たらない。
どうやら記憶をさかのぼってみるとクスコのホテルで荷物を置いたまま
マチュピチュに行ってくださいってガイドさんの言う通りにホテルに
置いたままにしていて忘れてきたっぽい。
実際は、部屋にあった荷物を一旦ホテルマンが引き上げて預かりスペースに
置いてくれていたのだが、そのときに気付かなかったみたいだ。
せっかくお腹の調子も戻ってきたのに、ここにきてこの失態は辛い。。。
なんとかホテルからクスコのホテルに電話して、そこにあるって事が確認できた。
プーノのガイドさんにも事情を説明して、帰国途中で乗り換えるリマにて
受け取る手配をしてもらう。
なんとなく安心したので、プーノ観光へ。
プーノはそれほど大きい街じゃないが、大きなティティカカ湖があるので
前日に申し込んだウロス島観光へ向かう。
ウロス島へはボートに乗っていく。
水草みたいなのを何層にも積み重ねて作られた島には家があり、生活している人が居る。
いくつも島があるのだけれど、その中の二つだけしか行けなかった。
特に観光っていうほど観光する場所がないんで、島の中をウロウロしたり、
そこで生活している人の家の中に入れてもらい、ベッドで寝転がってみたりした。
みんなして名産品を売りにくるので、それはちょっと面倒やなあって感じがする。
でも何かしらお土産を購入。
またボートに乗りプーノに戻る。
ガイドさんに連れられこれから帰国。日本に戻る事に。
空港までの移動途中でティティカカ湖を望む高台を通ったので、無理言って車を停めてもらい
写真を撮ってみる。も、あまりにも湖がでかすぎてよくわからん。。
空港へ到着。パソコンを忘れたためにガイドさんに余分な仕事を増やしてしまったけど、
短いプーノの滞在時間もこれでおしまい。
帰国は、プーノ周辺の空港からリマを経由して、ヒューストンで乗り継いでくことに。
一応旅行記はこれにておしまい。
次は番外編ででも。
今日が実質の最終日。というわけで、朝からバッグの整理をする。
あ、、、無い!
オイラが持参していたノートパソコンが見当たらない。
旅の間、仕事でもしようかと思って持ってきてたが、
ネット環境が整ってない場所やら移動が多かったために
あんまり使ってなかったけど、大切なパソコンちゃん。
なのに、行方不明。
カバンの中身を掘り起こしてみるも見当たらない。
どうやら記憶をさかのぼってみるとクスコのホテルで荷物を置いたまま
マチュピチュに行ってくださいってガイドさんの言う通りにホテルに
置いたままにしていて忘れてきたっぽい。
実際は、部屋にあった荷物を一旦ホテルマンが引き上げて預かりスペースに
置いてくれていたのだが、そのときに気付かなかったみたいだ。
せっかくお腹の調子も戻ってきたのに、ここにきてこの失態は辛い。。。
なんとかホテルからクスコのホテルに電話して、そこにあるって事が確認できた。
プーノのガイドさんにも事情を説明して、帰国途中で乗り換えるリマにて
受け取る手配をしてもらう。
なんとなく安心したので、プーノ観光へ。
プーノはそれほど大きい街じゃないが、大きなティティカカ湖があるので
前日に申し込んだウロス島観光へ向かう。
ウロス島へはボートに乗っていく。
水草みたいなのを何層にも積み重ねて作られた島には家があり、生活している人が居る。
いくつも島があるのだけれど、その中の二つだけしか行けなかった。
特に観光っていうほど観光する場所がないんで、島の中をウロウロしたり、
そこで生活している人の家の中に入れてもらい、ベッドで寝転がってみたりした。
みんなして名産品を売りにくるので、それはちょっと面倒やなあって感じがする。
でも何かしらお土産を購入。
またボートに乗りプーノに戻る。
ガイドさんに連れられこれから帰国。日本に戻る事に。
空港までの移動途中でティティカカ湖を望む高台を通ったので、無理言って車を停めてもらい
写真を撮ってみる。も、あまりにも湖がでかすぎてよくわからん。。
空港へ到着。パソコンを忘れたためにガイドさんに余分な仕事を増やしてしまったけど、
短いプーノの滞在時間もこれでおしまい。
帰国は、プーノ周辺の空港からリマを経由して、ヒューストンで乗り継いでくことに。
一応旅行記はこれにておしまい。
次は番外編ででも。
2008年3月20日
ペルー旅行記7日目〜バスにてプーノへ
早朝、クスコのホテルミドリを出て、バス乗り場へ連れて行かれる。
バスにのって、今回の旅の最終地プーノへと移動する。
南米では、電車も走っているんだけど、基本的にはバス移動が主流。
今回何度もバスに乗ってみたが、電車と違って見える景色が違ったりしてて結構いい。
ちなみに、このバスでは、途中でいくつか寄り道をして観光も兼ねている。
バスでしばらく進むと年季の入った教会へ到着。
教会は今回の旅の中でいくつも目にしたがちゃんと中に入ったのはこれが初めて。
でも写真撮影が禁止だったので、なんとも記憶するしかない。
教会の中は、天国と地獄が描かれていたり、
キリストのいろいろなシーンがあったりしてなかなか興味深かった。
英語の説明だけだったので、きっちり理解できなかったけれど。
その次はまたもや遺跡へ。
もう何個目の遺跡かわからんけど、でっかい遺跡だったんだなあって判る。
大きな建物の名残だけがしっかりと残ってるのもすごいけど、
滞在時間というか、自由時間が15分程度っていうのもすごいわ。
あまりにも短くて散策しきれず。ちぇ。
あとインカの遺跡博物館みたいなのも立ち寄った。
これは大きな家を改造したような博物館だったけど、
確実に判ったのは、インカでは男性のシンボルがエナジーの象徴であるってこと。
なんかお土産にそういう系統のが多いなあって思ったけど謎が解けたよ。
途中でお昼ご飯をビュッフェスタイルで食べてようやくプーノに到着。
プーノはマチュピチュよりも、クスコよりも高い場所にある街。
すぐ横には最大級の湖「ティティカカ湖」が広がる街。
プーノのバス降り場にて現地のガイドさんと会う。
日本人ぽいというか、なんかかわいらしいぺルー人。名前は聞き取れず。
ホテルまで連れて行ってもらい、翌日ウロス島観光をオプションで
追加してもらうことにした。ここにきてあまりにも予定が無いすぎた。。。
プーノに着いたのもそれなりに日暮れが近かったので、
近所にある大きな市場を見物したり、町中をうろうろして過ごす。
楽器屋さん通りを発見したので、ふらりと立寄って、
衝動買いでチャランゴを購入。チャランゴは2弦ずつ10弦の弦楽器。
弾ける気がしないけど、手頃な価格やし、コンドルは飛んでいくを
練習したくなったので、買ってしまった。すでに爪が伸びてたのでさらに弾けないや。
明日はペルー最終日、ウロス島観光を残すのみになってしまった。
バスにのって、今回の旅の最終地プーノへと移動する。
南米では、電車も走っているんだけど、基本的にはバス移動が主流。
今回何度もバスに乗ってみたが、電車と違って見える景色が違ったりしてて結構いい。
ちなみに、このバスでは、途中でいくつか寄り道をして観光も兼ねている。
バスでしばらく進むと年季の入った教会へ到着。
教会は今回の旅の中でいくつも目にしたがちゃんと中に入ったのはこれが初めて。
でも写真撮影が禁止だったので、なんとも記憶するしかない。
教会の中は、天国と地獄が描かれていたり、
キリストのいろいろなシーンがあったりしてなかなか興味深かった。
英語の説明だけだったので、きっちり理解できなかったけれど。
その次はまたもや遺跡へ。
もう何個目の遺跡かわからんけど、でっかい遺跡だったんだなあって判る。
大きな建物の名残だけがしっかりと残ってるのもすごいけど、
滞在時間というか、自由時間が15分程度っていうのもすごいわ。
あまりにも短くて散策しきれず。ちぇ。
あとインカの遺跡博物館みたいなのも立ち寄った。
これは大きな家を改造したような博物館だったけど、
確実に判ったのは、インカでは男性のシンボルがエナジーの象徴であるってこと。
なんかお土産にそういう系統のが多いなあって思ったけど謎が解けたよ。
途中でお昼ご飯をビュッフェスタイルで食べてようやくプーノに到着。
プーノはマチュピチュよりも、クスコよりも高い場所にある街。
すぐ横には最大級の湖「ティティカカ湖」が広がる街。
プーノのバス降り場にて現地のガイドさんと会う。
日本人ぽいというか、なんかかわいらしいぺルー人。名前は聞き取れず。
ホテルまで連れて行ってもらい、翌日ウロス島観光をオプションで
追加してもらうことにした。ここにきてあまりにも予定が無いすぎた。。。
プーノに着いたのもそれなりに日暮れが近かったので、
近所にある大きな市場を見物したり、町中をうろうろして過ごす。
楽器屋さん通りを発見したので、ふらりと立寄って、
衝動買いでチャランゴを購入。チャランゴは2弦ずつ10弦の弦楽器。
弾ける気がしないけど、手頃な価格やし、コンドルは飛んでいくを
練習したくなったので、買ってしまった。すでに爪が伸びてたのでさらに弾けないや。
明日はペルー最終日、ウロス島観光を残すのみになってしまった。
2008年3月19日
ペルー旅行記6日目後半〜再びクスコへ
マチュピチュ村に帰ってきてからまたもや体調が・・・ぐるぐるぐるぐるとお腹がやかましい。
駅前にあるお土産物市場を観たりしてたんだけど、限界やわ。
ってことで昨夜行った薬局に舞い戻り、そこでディアドラがまだ治らんと訴える。
結局観た事無い赤い飲み物とさらに強烈な薬を買う事に。
ほんとこのまま帰国なんて事になったら最悪やわ。
薬を飲んだものの、出るものは出てきたくなるので、土産物屋付近でトイレをさがす。
トイレさがしながら、裏道みたいなところに行こうとしたらそっち行くなって
地元の人に言われ、へこたれるも、顔色みて判断してくれたのか、トイレを教えてくれた。
で、出ようとしたらトイレの戸がまったく開かない。
木の枠があまりにもきっちりと閉まってしまいどうにも動かない状態に。
取っ手のような気の利いたものがないし、あるのは錆びた釘だけというなんともなドア。
背負ってたリュックに不要になってた雨合羽があったので、
それを釘に引っ掛けてグイグイと引っ張る。
こんなに力を入れたらまたお腹がヤバい悲鳴をあげそうになるも、
そこはトイレ、いつでもなんとかなりそうってんで必死に引っ張ってドアを開けた。
しかしなんか無性に悲しい気分になったなあ。
気を取り直してお土産を購入したりしながら電車の発車まで時間を潰す。
買い物っていってもあんまり欲しいものとか無いんだよなあ。
クスコ行きの電車は前に向かいだったドイツ人やら日本人やら観た事ある人たちばかり。
やっぱり同じ期間というか、同じようなスケジュールになるんやな。なんて思いつつ
ゲームしたり、寝たりしながらクスコへ到着。
ガイドさんに連れられホテルへと戻る。
ホテルで久しぶりにコカ茶を飲み、置きっぱなしにしてたカバンを受け取りチェックイン。
お腹の調子が悪くてもお腹は空くので、再びクスコの街へ繰り出す。
明日はまた早朝から移動。次は最後のペルー、プーノへと向かう。
長い旅ももう終わりに近づいてきた。
駅前にあるお土産物市場を観たりしてたんだけど、限界やわ。
ってことで昨夜行った薬局に舞い戻り、そこでディアドラがまだ治らんと訴える。
結局観た事無い赤い飲み物とさらに強烈な薬を買う事に。
ほんとこのまま帰国なんて事になったら最悪やわ。
薬を飲んだものの、出るものは出てきたくなるので、土産物屋付近でトイレをさがす。
トイレさがしながら、裏道みたいなところに行こうとしたらそっち行くなって
地元の人に言われ、へこたれるも、顔色みて判断してくれたのか、トイレを教えてくれた。
で、出ようとしたらトイレの戸がまったく開かない。
木の枠があまりにもきっちりと閉まってしまいどうにも動かない状態に。
取っ手のような気の利いたものがないし、あるのは錆びた釘だけというなんともなドア。
背負ってたリュックに不要になってた雨合羽があったので、
それを釘に引っ掛けてグイグイと引っ張る。
こんなに力を入れたらまたお腹がヤバい悲鳴をあげそうになるも、
そこはトイレ、いつでもなんとかなりそうってんで必死に引っ張ってドアを開けた。
しかしなんか無性に悲しい気分になったなあ。
気を取り直してお土産を購入したりしながら電車の発車まで時間を潰す。
買い物っていってもあんまり欲しいものとか無いんだよなあ。
クスコ行きの電車は前に向かいだったドイツ人やら日本人やら観た事ある人たちばかり。
やっぱり同じ期間というか、同じようなスケジュールになるんやな。なんて思いつつ
ゲームしたり、寝たりしながらクスコへ到着。
ガイドさんに連れられホテルへと戻る。
ホテルで久しぶりにコカ茶を飲み、置きっぱなしにしてたカバンを受け取りチェックイン。
お腹の調子が悪くてもお腹は空くので、再びクスコの街へ繰り出す。
明日はまた早朝から移動。次は最後のペルー、プーノへと向かう。
長い旅ももう終わりに近づいてきた。
ペルー旅行記6日目前半〜ワイナピチュ
旅も残すところあとわずかな予定を残すのみになった。
マチュピチュ二日目はワイナピチュに登りマチュピチュを眺める。
朝6時前に起きて、朝食を摂る。
体調不良も薬のせいか幾分マシになった気がする。
6時からマチュピチュ遺跡入り口へ向かうバスが出発しはじめるので
それにあわせて準備。ホテルはこの時点でチェックアウト。荷物だけ置いておいてもらう。
まず遺跡に入って奥まで行くと、この登山口へ。
天気は雨が降ってないだけな感じの曇り。
二日目早朝の遺跡は相変わらず壮大で、遠くのほうまで続いているような、
まるで大きな模型を観ているような感覚になる。
今回はワイナピチュがメイン目的なので、すたすたと遺跡をくぐりぬけ、奥の入り口へ。
すでに数十人並んでた。
登山口のオープンが7時からだったので、それまでぼんやりとアンデス山脈を観たり
回りの外国人を観察したりして待つ。遺跡は食べ物持ち込み禁止なんだけど、
手にバナナを喰う外国人、手に甘そうなお菓子を持つ外国人、、、、食い過ぎやねん。
ほどなくワイナピチュへの入り口が開かれ、少しずつ列が動く。
名前を書いたり、パスポートみせたりしなくちゃならないので、そこそこ時間がかかる。
ワイナピチュには1時までに受付を済ませることと400人という人数制限がある。
何分かしてボクの順番に。75番だった。
ワイナピチュ登山は人からしんどいとか、結構激しい道があるとか、
聞かされてたのだけど、まあ、しんどかった。
細い道とかは無いし、手すりがあったりするので危険ということはないけど、
水分補給しながらもくもくと登る。
ワイナピチュの頂上手前に、マチュピチュから見えてた小屋に到着。
この辺りに家を建てるとか考えたインカ人がすごいよなあ。オイラ無理だ。
確実に人がいるという気配を横に観つつ、さらに頂上を目指して歩く。
頂上にはすでに何人もの人がだらっと疲れた表情をするわけでもなく
待ってた。どうやら雲がマチュピチュとワイナピチュの間にあるみたいで
肝心の遺跡が見えないために、雲待ちしている。
いくつかの岩があるその一つに腰掛けてしばらく待ってみる。
結構待ってた気がするが、雲がちょっと晴れて遺跡が見え始める。
ほんと天空から天空のお城を観てる感じっていうのかな。
でももうちょっと晴れてくれたら良かったんだけどな。
ワイナピチュの頂上までは多分ゆっくり歩いて1時間もかからなかったが、
そのまま、月の神殿へと向かう事に。
月の神殿へは、ワイナピチュの頂上から山を別のルートから降りるようにして向かう。
観た事無いくらいのワラビや、見た事の無い草木が茂ってる。
あ〜そういえば南米やし、本当にジャングルやなあ。って思わされる場所を歩く。
ただ、変な生き物とかそういうのはほとんど居ない。
ジャングルを登ったり降りたりしながら、インカ帝国の事を考えてるうちに
ぶわーっと開けた場所に到着。ここもまた人の生きた気配がある場所だ。
段々畑があり、明らかに人の手で組まれたカベがそこにあった。
大きな岩の上に座り、ぼんやりと休憩しながら水分を補給し、月の神殿はおそらくこの辺に
あるんじゃないかなあなんて考えながら、朝食時にカバンに詰め込んだバナナを食べた。
岩から下に降りてみようと回り込むと、ありましたよ、月の神殿が。
っていうか、、、、月の神殿の岩に座っとったんや。。。
まさか、この岩が月の神殿を形作ってるものやと思いもせず、普通に座っとったがな。
そんなわけで、時間かなり経過したけど、お昼に月の神殿に到着。
月の神殿をひとしきり堪能したあと、またマチュピチュへ戻るのだけど、
目的を達成したあとの登山ほど苦しいものはないね、この最後の山道が一番きつかった。
途中で日本人家族に出くわし、もう少しでワイナピチュと月の神殿の分岐点があるよって
聞いた時は本当に走り出したくなった。走れないほど疲れてたけど。
時間的に1時前だったので、時間ギリギリに登山しはじめる外国人観光客たちと
すれ違いながら、ようやく登山口に到着。ここで名前とかをチェックしてもらいまたマチュピチュ内に。
マチュピチュ内で再び観光しようかと考えないでもなかったけど、
結構疲れてるうえに、お腹ペコリーナだったので、ブラブラと遺跡を練り歩きおしまい。
クスコに戻る電車の時間があるので村へと戻る。
マチュピチュ二日目はワイナピチュに登りマチュピチュを眺める。
■ワイナピチュ
マチュピチュ遺跡の入り口から真っ正面に見える山がワイナピチュ。
マチュピチュから見えてるが、高低差が250メートルほどあるので結構な高さに見える。
山の頂上付近に遺跡の家らしいものなんかが見えている。登山はマチュピチュ遺跡の中で
名前の署名やらをしてからじゃないと入れない。ちなみに人数制限もある。
朝6時前に起きて、朝食を摂る。
体調不良も薬のせいか幾分マシになった気がする。
6時からマチュピチュ遺跡入り口へ向かうバスが出発しはじめるので
それにあわせて準備。ホテルはこの時点でチェックアウト。荷物だけ置いておいてもらう。
まず遺跡に入って奥まで行くと、この登山口へ。
天気は雨が降ってないだけな感じの曇り。
二日目早朝の遺跡は相変わらず壮大で、遠くのほうまで続いているような、
まるで大きな模型を観ているような感覚になる。
今回はワイナピチュがメイン目的なので、すたすたと遺跡をくぐりぬけ、奥の入り口へ。
すでに数十人並んでた。
登山口のオープンが7時からだったので、それまでぼんやりとアンデス山脈を観たり
回りの外国人を観察したりして待つ。遺跡は食べ物持ち込み禁止なんだけど、
手にバナナを喰う外国人、手に甘そうなお菓子を持つ外国人、、、、食い過ぎやねん。
ほどなくワイナピチュへの入り口が開かれ、少しずつ列が動く。
名前を書いたり、パスポートみせたりしなくちゃならないので、そこそこ時間がかかる。
ワイナピチュには1時までに受付を済ませることと400人という人数制限がある。
何分かしてボクの順番に。75番だった。
ワイナピチュ登山は人からしんどいとか、結構激しい道があるとか、
聞かされてたのだけど、まあ、しんどかった。
細い道とかは無いし、手すりがあったりするので危険ということはないけど、
水分補給しながらもくもくと登る。
ワイナピチュの頂上手前に、マチュピチュから見えてた小屋に到着。
この辺りに家を建てるとか考えたインカ人がすごいよなあ。オイラ無理だ。
確実に人がいるという気配を横に観つつ、さらに頂上を目指して歩く。
頂上にはすでに何人もの人がだらっと疲れた表情をするわけでもなく
待ってた。どうやら雲がマチュピチュとワイナピチュの間にあるみたいで
肝心の遺跡が見えないために、雲待ちしている。
いくつかの岩があるその一つに腰掛けてしばらく待ってみる。
結構待ってた気がするが、雲がちょっと晴れて遺跡が見え始める。
ほんと天空から天空のお城を観てる感じっていうのかな。
でももうちょっと晴れてくれたら良かったんだけどな。
ワイナピチュの頂上までは多分ゆっくり歩いて1時間もかからなかったが、
そのまま、月の神殿へと向かう事に。
■月の神殿
マチュピチュ遺跡にある太陽の神殿と反対に月の神殿と呼ばれる場所が
ワイナピチュの山の中にある。ワイナピチュの頂上からだと時間がかかるうえに
他にめぼしい見るべき所がないために、あんまり人が行くことはない。
なんて事が地球の歩き方に書いてある。そりゃ行くしかないっしょ。
月の神殿へは、ワイナピチュの頂上から山を別のルートから降りるようにして向かう。
観た事無いくらいのワラビや、見た事の無い草木が茂ってる。
あ〜そういえば南米やし、本当にジャングルやなあ。って思わされる場所を歩く。
ただ、変な生き物とかそういうのはほとんど居ない。
ジャングルを登ったり降りたりしながら、インカ帝国の事を考えてるうちに
ぶわーっと開けた場所に到着。ここもまた人の生きた気配がある場所だ。
段々畑があり、明らかに人の手で組まれたカベがそこにあった。
大きな岩の上に座り、ぼんやりと休憩しながら水分を補給し、月の神殿はおそらくこの辺に
あるんじゃないかなあなんて考えながら、朝食時にカバンに詰め込んだバナナを食べた。
岩から下に降りてみようと回り込むと、ありましたよ、月の神殿が。
っていうか、、、、月の神殿の岩に座っとったんや。。。
まさか、この岩が月の神殿を形作ってるものやと思いもせず、普通に座っとったがな。
そんなわけで、時間かなり経過したけど、お昼に月の神殿に到着。
月の神殿をひとしきり堪能したあと、またマチュピチュへ戻るのだけど、
目的を達成したあとの登山ほど苦しいものはないね、この最後の山道が一番きつかった。
途中で日本人家族に出くわし、もう少しでワイナピチュと月の神殿の分岐点があるよって
聞いた時は本当に走り出したくなった。走れないほど疲れてたけど。
時間的に1時前だったので、時間ギリギリに登山しはじめる外国人観光客たちと
すれ違いながら、ようやく登山口に到着。ここで名前とかをチェックしてもらいまたマチュピチュ内に。
マチュピチュ内で再び観光しようかと考えないでもなかったけど、
結構疲れてるうえに、お腹ペコリーナだったので、ブラブラと遺跡を練り歩きおしまい。
クスコに戻る電車の時間があるので村へと戻る。
2008年3月18日
ペルー旅行記5日目後半〜マチュピチュ村にて
マチュピチュ村に戻ってホテルで休憩後、村を散策。
マチュピチュ村は別名アグアスカリエンテスと呼ばれる温泉町。
温泉町といっても温泉は村はずれに一つしかないんだけれど、
そこに行ってみる事に。
横に伸びる村の土産物街はさながら温泉街のような雰囲気。
温泉手前にはレンタル水着やレンタルバスタオルなんかが借りられる。
温泉でも借りられるので、温泉で借りる事に。
温泉は温泉でもジャグジー的な感覚で男子も女子も水着を着用して入るスタイル。
もちろん頭を洗ったり身体を洗ったりなんていうのはできない。
水着を借りて着替え、荷物をあずける。
マチュピチュ温泉は全部で7つぐらいの入る場所があるけれど、
まるで芋洗い状態。マチュピチュ帰りの男子女子がわさわさ入ってる。
ここでもまた日本人集団と遭遇。
温泉におばさんはつきものなのか。。。おばさんに「ユーラシア?」なる意味不明な言葉を
投げかけられ、どこかの旅行会社のツアー名称だって知るまで時間かかった。
さすがにおばさんはどこでも単語だ。
「いくらチップもらおうかなー」とさらりと大阪風のボケで返して外人の多い芋洗い温泉で
のんびり空を眺める。今回の旅で星がもっと近くでもっとたくさん観られるかと思ったが、
案外観られなかったな。
温泉を後にして、ホテルに戻る。
ホテルのすぐそばにある薬局にて食あたりの薬を購入。こんなことならもっと早くに買えば良かった。
食べ物食べたらダメ、飲み物はお茶しかダメって言われたにもかかわらず巨大ビールを飲んで普通に
飯を喰ったった。
気分的にはこれで治るっていうか治った気になってた。・・・甘かった。
明日はマチュピチュ二日目。いよいよワイナピチュ登山だ。
マチュピチュ村は別名アグアスカリエンテスと呼ばれる温泉町。
温泉町といっても温泉は村はずれに一つしかないんだけれど、
そこに行ってみる事に。
横に伸びる村の土産物街はさながら温泉街のような雰囲気。
温泉手前にはレンタル水着やレンタルバスタオルなんかが借りられる。
温泉でも借りられるので、温泉で借りる事に。
温泉は温泉でもジャグジー的な感覚で男子も女子も水着を着用して入るスタイル。
もちろん頭を洗ったり身体を洗ったりなんていうのはできない。
水着を借りて着替え、荷物をあずける。
マチュピチュ温泉は全部で7つぐらいの入る場所があるけれど、
まるで芋洗い状態。マチュピチュ帰りの男子女子がわさわさ入ってる。
ここでもまた日本人集団と遭遇。
温泉におばさんはつきものなのか。。。おばさんに「ユーラシア?」なる意味不明な言葉を
投げかけられ、どこかの旅行会社のツアー名称だって知るまで時間かかった。
さすがにおばさんはどこでも単語だ。
「いくらチップもらおうかなー」とさらりと大阪風のボケで返して外人の多い芋洗い温泉で
のんびり空を眺める。今回の旅で星がもっと近くでもっとたくさん観られるかと思ったが、
案外観られなかったな。
温泉を後にして、ホテルに戻る。
ホテルのすぐそばにある薬局にて食あたりの薬を購入。こんなことならもっと早くに買えば良かった。
食べ物食べたらダメ、飲み物はお茶しかダメって言われたにもかかわらず巨大ビールを飲んで普通に
飯を喰ったった。
気分的にはこれで治るっていうか治った気になってた。・・・甘かった。
明日はマチュピチュ二日目。いよいよワイナピチュ登山だ。
ペルー旅行記5日目中盤〜虹のマチュピチュ(2回目)
しつこいくらい書くが体調良くないままにご飯食べて二度目のマチュピチュ。
今度はガイドも居ないし、気楽にうろちょろできる。
ホテルを出るとすでに雨が止みそうな気配。やっぱり晴れてくれた方がいい。
マチュピチュの中に入り、さっき行けなかった見張り台と言われる場所へ。
石の階段をぐりぐりと登っていく。結構高い。
辿り着いた見張り台はマチュピチュの全景を眺めた。
うわー、すっげえキレイだ。ザ・マチュピチュだ。
カメラで写真撮影しまくり。
で、雨上がりの遺跡を写真撮影してたら虹を観た。
まさかマチュピチュで虹を観ると思ってなかったのでひときわ感動。
これがマチュピチュにかかるように虹があれば一番良かったんだけれど、
そんなにうまく行く訳も無い。かなり横っちょやった。残念〜。
ひとしきりうろちょろした後マチュピチュを後にする。
バスに揺られて村へ戻ることに。
今度はガイドも居ないし、気楽にうろちょろできる。
ホテルを出るとすでに雨が止みそうな気配。やっぱり晴れてくれた方がいい。
マチュピチュの中に入り、さっき行けなかった見張り台と言われる場所へ。
石の階段をぐりぐりと登っていく。結構高い。
辿り着いた見張り台はマチュピチュの全景を眺めた。
うわー、すっげえキレイだ。ザ・マチュピチュだ。
カメラで写真撮影しまくり。
で、雨上がりの遺跡を写真撮影してたら虹を観た。
まさかマチュピチュで虹を観ると思ってなかったのでひときわ感動。
これがマチュピチュにかかるように虹があれば一番良かったんだけれど、
そんなにうまく行く訳も無い。かなり横っちょやった。残念〜。
ひとしきりうろちょろした後マチュピチュを後にする。
バスに揺られて村へ戻ることに。
ペルー旅行記5日目前半〜雨のマチュピチュ(1回目)
ついに来た。念願のマチュピチュへ。
まさかこんなに早くに実現すると思ってなかったが、
まさかこんなにお腹痛いまま行くと思ってなかった。
ホテルミドリに大きな荷物を置いたままでいいと言われたので、
部屋に置いたまま一旦チェックアウトしてクスコにある鉄道の駅へ。
クスコからマチュピチュへは、山でいうとクスコのほうが高い位置にあり、
マチュピチュへは山を鉄道で下っていく感じになる。
高山病になってたとしても、この移動で結構楽になるらしい。
鉄道はいくつか電車の種類はあるけれど、その中で一番狭いと言われるバックパッカー号に。
全席指定で前には小太りのドイツ人の奥さん2人旅。
おばちゃんと会話をするわけでもなく、ニコニコわらいながら外を眺める。
車内をぐるりと見回すと、昨日の遺跡ツアーで見かけた人たちもちらほら。
やっぱり行程的に同じパターンになるんだなって思いつつ電車に揺られて数時間。
マチュピチュの最寄り駅はマチュピチュ村。この村はアグアス・カリエンテスっていう名前で
日本語では温泉村っていう感じらしいけれど、マチュピチュが世界遺産に登録されて
名前を変えちゃったみたいな村。到着して余韻に浸る訳でもなく、駅からトイレを目指してみる。
現地ガイドと合流して、村をスルーして集団でマチュピチュへ。
マチュピチュへのテンションが上がりまくってたせいか、雨が降っとる。
マチュピチュ村から世界遺産のあるマチュピチュへはくねくねと曲がりくねった道を
ひたすら登っていった山上にある。バスに揺られる事30分、ついにマチュが目前に。
ガイドに誘導されながらついにマチュピチュへの第一歩を踏み込む。
段々畑をほんの少し歩いた先に広がるマチュピチュ遺跡。
これを観た瞬間の感想は、言葉にできないくらい感動した。
雨は降ってたけれど、ズドーンと先まで見渡せる巨大な遺跡。
かつてここに住み、生活をしていた人たちが居たというれっきとした証拠。
走り出したい衝動に駆られながらもガイドにがんばってついていく。
チビジェニファーと同じように石の加工技術について熱く語る。
もう、ほんとにこれしかないんかい!ってツッコミたくなるけど、まあ石の国だ。
直線的に削られた石を円を描くように組み込まれた「太陽の神殿」
日時計でカレンダー的な意味を持つ「インティワタナ」
なによりも個人的にびっくりしたのが、石をくりぬいて水が流れるように仕組み。
実際、何から何まですごいんだけど言葉にするのが難しい。
わずか数百年前の事だけど、今ボクが石を渡されて水の流れる仕組みを作るとか
家を組み立てろとかって言われても何をしたらいいかわからない。
インカ帝国の技術力、知能の高さをまざまざと見せつけられてガイド付きの初マチュピチュは終了。
遺跡は出入り自由なので、一旦外に出てご飯を食べる。
ご飯はマチュピチュ遺跡を出た所にある大きめのホテルで、
よく考えたら現代でもこんな場所にホテル作れる技術ってそれはそれですごいよな。
ご飯食べてトイレ休憩して、再びマチュピチュへ。
まさかこんなに早くに実現すると思ってなかったが、
まさかこんなにお腹痛いまま行くと思ってなかった。
ホテルミドリに大きな荷物を置いたままでいいと言われたので、
部屋に置いたまま一旦チェックアウトしてクスコにある鉄道の駅へ。
クスコからマチュピチュへは、山でいうとクスコのほうが高い位置にあり、
マチュピチュへは山を鉄道で下っていく感じになる。
高山病になってたとしても、この移動で結構楽になるらしい。
鉄道はいくつか電車の種類はあるけれど、その中で一番狭いと言われるバックパッカー号に。
全席指定で前には小太りのドイツ人の奥さん2人旅。
おばちゃんと会話をするわけでもなく、ニコニコわらいながら外を眺める。
車内をぐるりと見回すと、昨日の遺跡ツアーで見かけた人たちもちらほら。
やっぱり行程的に同じパターンになるんだなって思いつつ電車に揺られて数時間。
マチュピチュの最寄り駅はマチュピチュ村。この村はアグアス・カリエンテスっていう名前で
日本語では温泉村っていう感じらしいけれど、マチュピチュが世界遺産に登録されて
名前を変えちゃったみたいな村。到着して余韻に浸る訳でもなく、駅からトイレを目指してみる。
現地ガイドと合流して、村をスルーして集団でマチュピチュへ。
マチュピチュへのテンションが上がりまくってたせいか、雨が降っとる。
■マチュピチュ
絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山間、標高2,280mの頂上にあるマチュピチュ。
マチュピチュとは老いた峰の意味。山裾からはその存在を確認できないために「空中都市」とも呼ばれる。
総面積は5平方km、その約半分の斜面には段々畑が広がり、西の市街区は神殿や宮殿、居住区などに分かれ、
周囲は城壁で固められている。
16世紀半ば、インカの人々は高度な文明が栄えたマチュピチュを残して奥地へと移動していく。
その後400年以上にわたって人の目に触れることなく、1911年にアメリカ人歴史学者ハイラム・ビンガムによって発見。
すでに草に覆われた廃虚となっていた。マチュピチュにまつわる多くの謎は、未だに解明されていない。
マチュピチュ村から世界遺産のあるマチュピチュへはくねくねと曲がりくねった道を
ひたすら登っていった山上にある。バスに揺られる事30分、ついにマチュが目前に。
ガイドに誘導されながらついにマチュピチュへの第一歩を踏み込む。
段々畑をほんの少し歩いた先に広がるマチュピチュ遺跡。
これを観た瞬間の感想は、言葉にできないくらい感動した。
雨は降ってたけれど、ズドーンと先まで見渡せる巨大な遺跡。
かつてここに住み、生活をしていた人たちが居たというれっきとした証拠。
走り出したい衝動に駆られながらもガイドにがんばってついていく。
チビジェニファーと同じように石の加工技術について熱く語る。
もう、ほんとにこれしかないんかい!ってツッコミたくなるけど、まあ石の国だ。
直線的に削られた石を円を描くように組み込まれた「太陽の神殿」
日時計でカレンダー的な意味を持つ「インティワタナ」
なによりも個人的にびっくりしたのが、石をくりぬいて水が流れるように仕組み。
実際、何から何まですごいんだけど言葉にするのが難しい。
わずか数百年前の事だけど、今ボクが石を渡されて水の流れる仕組みを作るとか
家を組み立てろとかって言われても何をしたらいいかわからない。
インカ帝国の技術力、知能の高さをまざまざと見せつけられてガイド付きの初マチュピチュは終了。
遺跡は出入り自由なので、一旦外に出てご飯を食べる。
ご飯はマチュピチュ遺跡を出た所にある大きめのホテルで、
よく考えたら現代でもこんな場所にホテル作れる技術ってそれはそれですごいよな。
ご飯食べてトイレ休憩して、再びマチュピチュへ。
2008年3月17日
ペルー旅行記4日目後半〜クスコ周辺の遺跡探索、イースター!
お昼からクスコ近郊の遺跡ツアーに参加することに。
当初は予定していなかったオプションだけど、買い物好きでもないから、他にすることないし
っていうので、現地で申し込んだツアー。
ちなみに海外旅行でオプション付けずに現地に行ってから申し込むほうが格段に安い。
お腹はどうやら食あたりっぽい様相だったけれど、遺跡ツアーへ。
集合場所の教会だかなんかで英語グループ、スペイン語グループにわかれる。もち英語。
英語しらないけど、まだ多少は理解できる。
背の小さなジェニファーとまずは博物館の中に。博物館では遺跡の石が置いてあり、
ジェニファーは石について一生懸命あつく語ってる。
お腹を気にしながら、ボクはそれを必死に聞いてみる。
ただ、ホントにお腹いたすぎて、途中でトイレなんかに行ったもんやから話がさっぱり。
博物館のあとは、バスに乗って周辺の遺跡へ。
このツアーで行く遺跡
太陽の祭りで有名な「サクサイワマン」
インカ帝国の祭礼場だった「ケンコー」
見張り場だった「プカプカラ」
インカ時代の沐浴場だった「タンボマチャイ」
「サクサイワマン」は、インカ帝国の皇帝マンコ・カパックが立てこもった砦ともいわれ、
とっても大きな岩を積み上げて作られた城塞のような場所。石がでかすぎる。
チビジェニファーはひたすら石について説明をしているので、それを聞かずに上に登ったり
うろうろして散策してみた。うーん、インカって数百年前だよなー、すごいなあ。
その後、ケンコーとかプカプカラとか、タンボマチャイを廻ったが、
お腹痛すぎて熱っぽくなるし、おぼろげすぎた。写真だけはなんとかがんばって撮影したけど、
さすがにきつかった。
チビジェニは毎度毎度石について熱く語ってたことだけは補足させてもらって、クスコへ。
クスコに戻るも、バスを降りた場所が一体どこなのかわからない。
心なしか人がたくさんいる気がする。
人は昼間も結構いたんだけれど、夜のクスコがみんな同じ方向に向かって歩いている。
そういえば、オプションツアーを申し込んだときに今日はイースターだって言われたのを
思い出した。イースターってこんなに人があふれてくるものなのか。
人ごみをイライラしながら避けて、人を押しのけまくりながら、なんとかホテルに。
ホテルがアルマス広場付近ということもあり、最後はブチ切れしそうになってた。いやキレてた。
イースターの喧噪をくぐりぬけ、ちょっとだけホテルで休んで晩ご飯。
ナスカで聞けなかったフォルクローレを聞きに出かける。
さすがツアー会社が紹介してくれただけあって、日本人の団体がちらほら。
記憶に無いが、もしかしたらナスカで見かけた人たちなのかもしれないなあ。
ビュッフェスタイルだけど、セビッチェは食べられへんし、っていうので
アルパカのカルパッチョを性懲りも無く食べた。うん、アルパカや。
結局体調すぐれないせいでビアーも1本しか飲めないし、
フォルクローレはコンドルは飛んでいく聞きながら眠くなるしで、
相当不完全燃焼なままにホテルに戻る。
明日は早朝からマチュピチュへと向かう。いよいよ旅のメインだ。。。。お腹痛いけど。
当初は予定していなかったオプションだけど、買い物好きでもないから、他にすることないし
っていうので、現地で申し込んだツアー。
ちなみに海外旅行でオプション付けずに現地に行ってから申し込むほうが格段に安い。
お腹はどうやら食あたりっぽい様相だったけれど、遺跡ツアーへ。
集合場所の教会だかなんかで英語グループ、スペイン語グループにわかれる。もち英語。
英語しらないけど、まだ多少は理解できる。
背の小さなジェニファーとまずは博物館の中に。博物館では遺跡の石が置いてあり、
ジェニファーは石について一生懸命あつく語ってる。
お腹を気にしながら、ボクはそれを必死に聞いてみる。
ただ、ホントにお腹いたすぎて、途中でトイレなんかに行ったもんやから話がさっぱり。
博物館のあとは、バスに乗って周辺の遺跡へ。
このツアーで行く遺跡
太陽の祭りで有名な「サクサイワマン」
インカ帝国の祭礼場だった「ケンコー」
見張り場だった「プカプカラ」
インカ時代の沐浴場だった「タンボマチャイ」
「サクサイワマン」は、インカ帝国の皇帝マンコ・カパックが立てこもった砦ともいわれ、
とっても大きな岩を積み上げて作られた城塞のような場所。石がでかすぎる。
チビジェニファーはひたすら石について説明をしているので、それを聞かずに上に登ったり
うろうろして散策してみた。うーん、インカって数百年前だよなー、すごいなあ。
その後、ケンコーとかプカプカラとか、タンボマチャイを廻ったが、
お腹痛すぎて熱っぽくなるし、おぼろげすぎた。写真だけはなんとかがんばって撮影したけど、
さすがにきつかった。
チビジェニは毎度毎度石について熱く語ってたことだけは補足させてもらって、クスコへ。
クスコに戻るも、バスを降りた場所が一体どこなのかわからない。
心なしか人がたくさんいる気がする。
人は昼間も結構いたんだけれど、夜のクスコがみんな同じ方向に向かって歩いている。
そういえば、オプションツアーを申し込んだときに今日はイースターだって言われたのを
思い出した。イースターってこんなに人があふれてくるものなのか。
人ごみをイライラしながら避けて、人を押しのけまくりながら、なんとかホテルに。
ホテルがアルマス広場付近ということもあり、最後はブチ切れしそうになってた。いやキレてた。
■イースター祭
キリスト教の中でもクリスマスよりも強烈に重要な日とされているのがイースター。
イースターとはキリストが復活した日を意味して。有力な説が8世紀の神父が唱えた説で、
北方神話の春の女神「Eostre」に由来すると言うもの。本来はキリスト教とは関係のない
異教徒の春の祭りだったが、キリスト教の布教の際に、意味を変え、普及したと言われている。
イースターの喧噪をくぐりぬけ、ちょっとだけホテルで休んで晩ご飯。
ナスカで聞けなかったフォルクローレを聞きに出かける。
さすがツアー会社が紹介してくれただけあって、日本人の団体がちらほら。
記憶に無いが、もしかしたらナスカで見かけた人たちなのかもしれないなあ。
ビュッフェスタイルだけど、セビッチェは食べられへんし、っていうので
アルパカのカルパッチョを性懲りも無く食べた。うん、アルパカや。
結局体調すぐれないせいでビアーも1本しか飲めないし、
フォルクローレはコンドルは飛んでいく聞きながら眠くなるしで、
相当不完全燃焼なままにホテルに戻る。
明日は早朝からマチュピチュへと向かう。いよいよ旅のメインだ。。。。お腹痛いけど。
ペルー旅行記4日目前半〜世界遺産の街クスコ
早朝、マリオがホテルまで向かえにきて、リマの飛行場へと移動。
リマの飛行場にて飛行機の乗り方を説明してもらい、一路クスコへと飛ぶ。
クスコまでの空の旅は眼下に広がるアンデス山脈がすごく近く、
なんだか飛行機を考えた人ってすごいなあと意味なく感心。
クスコ空港を降り立つと案外寒い。結構な高さの所に来たって感じがする。
空港を出ると日本人ガイドさんが出迎えてくれ、そのままホテルへ向かう。
ホテルの名前は「ミドリ」。どうやらオーナーが日本人らしい。へえ。
今回訪れたペルーの街全体に言えるのだけれど、街の中心が大体同じような構造になってる。
大きなカテドラルと呼ばれる教会と、その前にはアルマス広場という広場がある。
ホテルミドリはそのカテドラルからほどよく近い場所にあり、町中を散歩するにはちょうどいい場所。
チェックインした後、ホテルの中庭でコカ茶をいただいた。高山病なんかにもいいらしい。
■コカ茶
ペルーやボリビアなんかで日常的に飲まれるお茶。コカという名前から推測できるように
コカインの原料でもある。コカの葉を干したもの数枚〜数十枚に熱いお湯を注いで飲む。
砂糖を入れて飲むことも多い。きわめて日常的な飲み物。
日本ではコカノキ、コカの葉、コカインはすべて麻薬に定められ、栽培も持ち込みも禁止されている。
つまりお土産で買って帰ると捕まるってことでご注意を。
コカ茶を飲んで一息。
あんまりお腹の調子が良くないけれど、ホテルでゴロゴロするにはもったいないので、早速街を歩く。
クスコの町並みはインカ帝国とスパニッシュのテイストであふれていてとてもステキ。
街自体もリマよりは栄えてないけれど、大きくてとても歩き甲斐がある。
リャマを連れた現地民みたいな人たちにいきなり囲まれ写真を撮影。
押し掛けサギみたいなもんで、撮影後にいくら払え〜って迫ってくる。迫ってくるついでに
ちょっと離れた所に居た同業者まで一緒になって迫ってきた。
実はクスコに到着した時にリャマと一緒に写真撮影させようとする人たちがいることを聞いていて、
その値段も1ソルくらいって聞いてたので、それ以上払う気もなく、1ソルだけ渡したらえらく怒ってた。
怒ってるペルー人を放置したまま、おそらくクスコで一番有名だろうと思われる12角の石を探す事に。
12角の石っていってもピンとこないかもしれないが、四角い石を削って作ることができるなら、
それを単に積み重ねていけば石垣なんてものはつくることができる。
それなのに、インカ帝国の人たちはそのまま四角い石を作るのではなく、わざわざ何角もあるような
石の削り方をして、それをきっちりびっしりと積み重ねているのである。
無意味だったり、必要じゃなかったりする部分に力をそそぐペルー人、、、、ちょっと好きや。
迷子になりながら、12角の石を発見。こんなに大きいと思わなかった。
観光客もそれなりに結構いた。やっぱり有名なのね。その辺にあるだけなのでぱっと観たら
普通に石垣で写真撮影してるだけに見える。
クスコのアルマス広場付近でお昼ご飯を食べた。
昼からはクスコ周辺の遺跡ツアーに参加することに。
リマの飛行場にて飛行機の乗り方を説明してもらい、一路クスコへと飛ぶ。
クスコまでの空の旅は眼下に広がるアンデス山脈がすごく近く、
なんだか飛行機を考えた人ってすごいなあと意味なく感心。
クスコ空港を降り立つと案外寒い。結構な高さの所に来たって感じがする。
■クスコについて
標高3360メートルの高さに位置する街。13世紀にインカ帝国が栄えた首都でもある。
16世紀にスペイン人による侵攻を受け、インカ帝国は滅びてしまう。
スペイン人によって被害を受けたクスコだったが、インカ帝国の石組み技術によって
建てられた建築物の土台はとても芸術的であり、とても頑丈で正確なものだった。
その土台の上に新しい建物を造り、インカとスペインが融合した町並みになっている。
1983年にクスコの街は世界遺産に登録。
空港を出ると日本人ガイドさんが出迎えてくれ、そのままホテルへ向かう。
ホテルの名前は「ミドリ」。どうやらオーナーが日本人らしい。へえ。
今回訪れたペルーの街全体に言えるのだけれど、街の中心が大体同じような構造になってる。
大きなカテドラルと呼ばれる教会と、その前にはアルマス広場という広場がある。
ホテルミドリはそのカテドラルからほどよく近い場所にあり、町中を散歩するにはちょうどいい場所。
チェックインした後、ホテルの中庭でコカ茶をいただいた。高山病なんかにもいいらしい。
■コカ茶
ペルーやボリビアなんかで日常的に飲まれるお茶。コカという名前から推測できるように
コカインの原料でもある。コカの葉を干したもの数枚〜数十枚に熱いお湯を注いで飲む。
砂糖を入れて飲むことも多い。きわめて日常的な飲み物。
日本ではコカノキ、コカの葉、コカインはすべて麻薬に定められ、栽培も持ち込みも禁止されている。
つまりお土産で買って帰ると捕まるってことでご注意を。
コカ茶を飲んで一息。
あんまりお腹の調子が良くないけれど、ホテルでゴロゴロするにはもったいないので、早速街を歩く。
クスコの町並みはインカ帝国とスパニッシュのテイストであふれていてとてもステキ。
街自体もリマよりは栄えてないけれど、大きくてとても歩き甲斐がある。
リャマを連れた現地民みたいな人たちにいきなり囲まれ写真を撮影。
押し掛けサギみたいなもんで、撮影後にいくら払え〜って迫ってくる。迫ってくるついでに
ちょっと離れた所に居た同業者まで一緒になって迫ってきた。
実はクスコに到着した時にリャマと一緒に写真撮影させようとする人たちがいることを聞いていて、
その値段も1ソルくらいって聞いてたので、それ以上払う気もなく、1ソルだけ渡したらえらく怒ってた。
怒ってるペルー人を放置したまま、おそらくクスコで一番有名だろうと思われる12角の石を探す事に。
12角の石っていってもピンとこないかもしれないが、四角い石を削って作ることができるなら、
それを単に積み重ねていけば石垣なんてものはつくることができる。
それなのに、インカ帝国の人たちはそのまま四角い石を作るのではなく、わざわざ何角もあるような
石の削り方をして、それをきっちりびっしりと積み重ねているのである。
無意味だったり、必要じゃなかったりする部分に力をそそぐペルー人、、、、ちょっと好きや。
迷子になりながら、12角の石を発見。こんなに大きいと思わなかった。
観光客もそれなりに結構いた。やっぱり有名なのね。その辺にあるだけなのでぱっと観たら
普通に石垣で写真撮影してるだけに見える。
クスコのアルマス広場付近でお昼ご飯を食べた。
昼からはクスコ周辺の遺跡ツアーに参加することに。